誰だろう……と、私が焦るよりも先に引き戸の向こう側から聞こえてきた『……あれ。まだゲートボールか』という声には聞き覚えがあった。
だから、裸足のまま片足を玄関の床に踏み出し鍵を開けると、向こうから引き戸が開けられる。
「鍵なんかかけて珍しいな。なにかあった……」と言いかけた伊月が、私を見るなり言葉を止める。
そして、呆れたような眼差しを私に向けた。
「おまえ、洗い髪のまま出てくるなよ」
「そっちこそ、ピンポンも押さずに勝手に玄関開けないでよ。一瞬、不審者かと思った」
「しかも裸足だし。石とか踏んだらどうすんだよ」
後ろ手に引き戸を閉めながら、眉にシワを寄せて言う伊月に笑う。
「大丈夫だよ。朝、おばあちゃんが綺麗に掃き掃除してたし」
玄関に上がると、伊月もそれに続いて部屋に入ってくる。
今日もワイシャツ姿のところを見ると、仕事の中休みとかそんなところだろう。
昨日初めて逢ったっていうのに、私が警戒心のかけらも持たないのは、伊月の人柄のせいなのか、それとも私が無防備すぎるのか。
でも、私が警戒したところで、おばあちゃんも大地もすっかり伊月に心を開いているんだからどうしょうもない、と割り切る。
あの伊月グループの御曹司が、あくまで一般的なうちをどうこうしようなんてことも考えないだろうし、という点も警戒心を解く理由のひとつになっていた。
騙されていたとして、盗まれるようなものはうちにはない。



