「少々お待ちください」
「はい」
女性社員が受話器を耳にあてたのと同時だった。
受付後方にあるエレベーターのドアが開き、なんとなくそちらを眺めていると、伊月が姿を現した。
まだクールビズの期間だけど、伊月はしっかりとジャケットもネクタイもしていた。周りの社員に挨拶をされながらこちらに向かって颯爽と歩いてくる姿に目を奪われる。
伊月は伊月なのに、こうして会社で見るだけで何割増しかでカッコよく見えてしまい、思わず目を逸らした。
それとも、魅力的に見える理由は、私の気持ちが変わったからだろうか。
伊月が私の前で足を止めると、それに気付いた受付の女性社員が受話器を置き……こちらをじろりとした眼差しで見るからいたたまれない。
伊月がいるから、おのずと通りがかった社員の視線も集まり、居心地の悪さを感じた。
「帰ったんじゃなかったのか?」と聞かれ、ハッとして伊月を見上げる。
「うん。帰ったんだけど……どうしても伊月に言いたいことがあったから、一度戻ってきた……んだけど、その前に、この手なに?」
私が話している途中から、伊月は私の腕を掴んでいる。痛いわけではないにしても、そこそこの力だ。だから聞くと、伊月は私をじっと見つめたまま答えた。
「また逃げられたら嫌だから」
「またって……逃げたことなんかないでしょ」
「逃げただろ。日曜、俺が行くまで待ってろって言ったのに」
やや責めるような口調で言われ、眉を寄せる。