極上御曹司は失恋OLを新妻に所望する



「行くしかないか……」

改札を出ながらひとり覚悟を決め、つぶやく。

今日の服装は、黒のVネックの薄いニットのカットソーにベージュのひざ丈スカート。靴はローヒールのパンプス。手持ちのバッグはくすんだ水色で会社にも持って行っているものだし、TPO的にはそこまで問題はないはず。

一泊分のお泊り道具やら衣類を詰めたボストンバッグはさすがに……とは思うのだけれどもうこれは仕方ないと割り切る。

なにしろ大企業な上、一度受付でストップをかけられているだけに自信は持てないけれど、大丈夫だと自分を奮い立たせる。

それに、十時にくるように言われているし受付にも話を通しておいてくれると言っていた。
約束を破るわけにはいかない。

これはもう追い風が吹いているんだと思い込み、立派な建物の前に立つ。

一度でも迷ったらもう無理な気がしたので、なにも考えずに自動ドアをくぐると、いつか来たときとは少し違う影が落ちていた。

この間とは時間が違うから、日の差し方も違う。そのせいで市松模様が縦に伸びていて先日とは印象が変わっていた。

普通だったらその変化をしみじみと眺めていたところだけど、今はそこまでの余裕はない。
不法侵入しているわけではないのに、会社をサボっている身で、しかも私情でここにいることに罪悪感を覚えながら受付に向かうと、いつかも相手をしてくれた女性社員がムスッとした顔で私を見ていた。

「あの、すみません。伊月代表をお願いしたいのですが。私、三咲つぐみといいます」

不機嫌をそのまま顔に出しているので、少しの話しかけにくさを感じながらも言うと、女性社員は眉を寄せながら「承っております」と言い、内線に繋がる受話器を取った。