『おまえ、今、なにしてんの? 仕事してる時間だろ』
「そうなんだけど……今日は、休んだ」
『休んだ? なんで……体調悪いのか?』
「ううん。そうじゃないんだけど……今から会えないかと思って」
咄嗟に出てしまった言葉に、あとからしまったと思う。
伊月は仕事中、もしくはこれから仕事だ。今からなんて無理に決まってるし、わがままもいいところだ。
そう思い慌てて取り消そうとしたところで伊月が言う。
『何時?』
「え、あ……えっと、今新幹線だから、十時頃にはつくと思うけど……」
『わかった。じゃあ、受付に話通しておくから。仕事もその時間帯なら抜けられる』
「あ、うん」
『気を付けてこいよ』という言葉とともに切れた電話。今頃襲ってきた大きな緊張の波に飲み込まれ、壁に手をつき体重を預ける。
緊張でどうにかなりそうだった。ドクドク言う心臓が痛くて、呼吸がおかしくなりそうになりながら深呼吸を繰り返す。
とりあえず、拒否されなくてよかった……と安堵のため息をついてから、席に戻る。そのまま新幹線に揺られ、もうすぐ着くというところでハッとした。
「……受付?」
伊月は電話で『受付に話通しておくから』と言っていたけれど、あれって会社の中まで入ってこいってことだろうか。
もともと伊月さえOKしてくれたら会社までは行くつもりだった。でも、それは会社の外までという意味であって、まさか中まで入れと言われるなんて思ってもみなかっただけに戸惑う。
どうしようと考えているうちに新幹線が到着するから、駅に下りたはいいけれど、困ってしまった。
もう一度電話して出てきてもらうにしても、今は十時。もう完全に仕事が始まっている時間だ。十時頃なら空いているとは言っていたけれど、そう何度も電話するのも申し訳ない。



