極上御曹司は失恋OLを新妻に所望する



「今の状況、ちゃんと考えてみたほうがいいよ」

そんなの、言われる前から考えている。
壁にそれぞれ押さえつけられている両手をどうにか動かそうとするけれど、ピクリとも動かせない。

どういう状況かなんて言われるまでもなくわかっていた。

今、大声を出したところで、誰かが助けに来てくれるとも思えない。自分でどうにか抜け出すしか方法はないけれど……。

焦りから、嫌な汗が背中を伝っていた。あんなに暑かったのに、今はもう気温だとか湿気だとか、なにも感じなかった。ただ、恐怖があるだけで。

こんなひょろひょろした男になんて負けないと思ったのに……自分が情けなくなる。

ふっと私が両手から力を抜いたことに気付いたんだろう。
男もわずかに手を緩め笑う。

「そうそう。諦めた方が自分のためだって。印鑑ひとつもらえればそれで帰ってやるし。俺が建てる四階建てアパートを快く受け入れますっていう誓約書……っと」

力が抜けたところを見計らって両手を思いきり振り払う。
突き飛ばすようにすると、男は私の片手を掴んだまま数歩後ろによろめく。そして、体勢を立て直して私の方へと一歩踏み出した瞬間を狙って――。

「うわ……っ」

地面についている方のアキレス腱あたりを内側から足ですくい上げると、思いのほか上手くいき、男はバランスを崩して膝をついた。

大地が〝これなら女でもできるから〟と以前教えてくれた技だったけれど、実践したのは初めてだ。
まさか成功するとは思っていなかっただけに、自分自身でも驚いて呆然としてからハッとして逃げ出……そうとしたのだけれど。