一通りの掃除も済ませると、ようやく陽が昇り始めた。
 鋭い斜めから差し込む朝日は、思わず目を覆いたくなる程に眩しい。

 遠くに見えるビルが、もう少し横にずれていたらな、なんて、くだらないことを思いながら。
 琢磨は、手桶を返してから、また墓石の方へと戻った。

 込み上げる感情の波に、泣きそうになるのを耐えて、無理矢理笑っていると、

「こほっ、げほっ…!」

 むせた。いや――

『た、たくま…!』

 思わず声を上げる汐里の目にも、それはうつっていた
 すぐ眼下。足元で、朝日に照らされキラリと光る、ダイヤの結晶。

「いったいな、これ……お前、よくこれ堪えて来たな」

 結晶を吐き出す刹那、琢磨は確かに痛みを覚えた。
 吐き出す喉だけでなく、おそらくはそれが生成されたであろう体内のどこか、どこもかしこもが、痛んだ。

「ただ安らかにって訳にも、いかんらし――」

 刹那。

――キーン――

「――っとと、ふぅ。私なら全然耐えられるから、もう慣れちゃったし。丁度良かった、戻ってくれて」

『凄いな、お前』

「琢磨がヤワなんじゃないの? 男の子なのに情けない」

『女は男よりも頑丈って聞くが?』

「感じ方の問題よ。眉唾だなぁ、私それ。男は女のこと分からないし、女は男のことなんか分からないんだよ? どうやって結論付けたんだろ、それ。学者とかって無責任だよねって思うなぁ、ほんと」

『一種の線引きは必要なんだろうさ』

「物は言いようってだけよ」

 互い、ひねくれた返しを何度かしたところで。
 ようやく一息ついた汐里は、転がるダイヤを拾って、琢磨の許可の元、墓石の横に座り込んだ。

 朝日にダイヤを掲げる。
 荒っぽい面から透けて乱反射する光は、しかし不思議と目に痛くない。

「これも、私が生きた証。まだ死んではないから墓石もないし」

『あったらたまったもんじゃないだろ』

「どうだろ。もう準備されてたりして。何せ、本来私はもうここに居ない筈なんだもん。絶対だよ」

『事例こそ少ないが、まぁ例外なく寿命が決まってるらしいからな』

 決まっているのなら、準備も容易い。

「ごほっ…!」

 コロン。

『あんま無理すんなよって言えないのが、歯痒いな。無理でもしない限り、あの痛みな訳だし』

「琢磨が表にいるより、よっぽどマシだって。味わわなくてもいいこと、わざわざ肩代わりさせる訳にはいかないでしょ? こほっ」

 コロン。

『まぁ、何だ。その、悪い気はしないぞ。確かに痛かったけど、ようやくお前とも分かり合えたって感じがしたからさ』

「物好きって言うか、変わってるよね、ほんと。そんなこと言って笑ってられるの、琢磨くらいじゃない?」

『せっかく身体借りてる上、こと感情だったり記憶だったりっていう面に関して言えば、お前の方がよくよく引き継いでるんだろ? アンフェアだなって、思ってたところなんだよ』

「えー、ここに来て天秤の話になるの? 何か残念なんだけど――ごほっ、けほっ、こほっ…!」

 コロ、コロ、コロリ。

『――案外、早く来たな』