「それは私の方だよ。渚さんがいてくれたから、私は――って、本当に今更だって思うけどさ。ありがとう、お…お母、さん」

 そんな中、

『いくら何でもたどたどし過ぎるだろ。今更恥ずかしいとか何?』

 良くも悪くもなタイミングで、琢磨が茶々を入れる。

(い、今更だからに決まってるじゃない、バカ…! もう、水ささないでくれる…?)

『遅いことなんかあるかよ。ちゃんと言えたんだ、良かったじゃないか』

(それは――ぐっ、ぐぬぬ……琢磨って、ほんとズルい。そういうとこ)

『褒めるな褒めるな』

(褒めてないわよ、ばか…)

 ともあれ。

『手遅れでした、なんてことにならなくて、ホントに良かった。短い会話だって、確かにそこには二人の時間があったじゃないか。たったこれだけで通じ合えるって、凄いことだろ』

(……うん。そうだね)

 本当に。

 上手く伝わらないのも、踏ん切りが付かなくて伝えることすら出来ないのも、本当なら怖かった。以前と何の変化もなく、ただ何となく日々を過ごして今日を迎えていたのなら、きっと、一人きりでは何も出来なかった。
 何を思うことも、そうそうなかった筈だ。

 そう。一人きりでは。

 今は、今だけは、一人じゃない。
 身体は一つでも、その中は一つだけじゃない。

(……ほんとありがとね、琢磨)

『お前の力だよ。勘違いは禁止な』

(ふふ。そういうとこ、嫌いじゃないよ)

『好かれても困るってな』

 今、目の前に彼がいれば。
 きっと、照れながらか苦く笑いながらか、頭に手をやっていることだろう。
 勝手ながらそんな想像が出来てしまう。まだ、その容姿に触れたことはないのに。

『明日、か…』

 ふと、琢磨が呟いた。
 どこか儚げに。
 明日、琢磨の地元に行って、その足できっと最後を迎えることになる。
 明後日、どのタイミングで絶命するか分からない。どこぞで日こそ跨ぐが、実質明日が最期の日だ。

(――うん。そだね)

『何だよ今更怖いのか?』

(怖いって言うか、不安。知音とか渚さんとか、色々置いて一人で逝っちゃうんだなって思うと、どうしようもなく不安になる)

 低く小さなそんな言い分に、しかし琢磨はつい笑ってしまう。
 何か、と尋ねる汐里に、

『何ってお前、ここまで来て自分のことじゃないんだな』

 意外だったからではない。

 自分のことはあまり主張してこなかった汐里だが、まさかこの期に及んでもそのままでいることが、ある種不思議でならなかったからだ。

(今更性格変えるとか、無理。もうずっとこんななんだよ、私?)

『悪い悪いって、そう睨むな。まぁ何だ、俺としては安心したってところだ。ちゃんと母親とは話せたんだ、彼女なら大丈夫だろ。あとは――』

(明日の朝、知音にはちょっとだけ会わなきゃだね)

『あぁ、そうした方が良いだろ』

 渚の次に世話になった相手だ。
 最後、そして最期の礼も挨拶も無しに居なくなる訳にはいかない。

(…………明日、か)

 最後で、最期なのだ。

「ねぇ、お母さん…」