「おはよう、しー」

 我慢。

「しお、一緒に帰ろ」

 我慢。

「しー、さっき――」

 我慢。

「しお、この間の宿題で――」

 我慢。

「しー」

「しお」

 我慢。
 我慢。

 我慢。

「おはよ、輝君――」

 我慢。

「みっきー、あれはね――」

 我慢だ。

 上手く出来る。
 汐里程の強烈な吐き気を感じない俺なら、まだ上手く誤魔化せる筈だ。そう思っていた。

 上手くやって、誤魔化して、本当を見せないようにしていれば、いずれ汐里が目覚めてくれる筈だ。
 目覚めないまま、俺に身体を譲ったまま、自分では全う出来ないまま、最期の日を迎えるなんて許さない。
 とにかくも俺が上手いことやって、汐里の帰りを待てばいい。

 そう思っていた。
 しかし、だ。

 しお。

 しー。

 その二つを耳にする度、心臓がキュッとなって仕方がない。

 お前が言うな。
 お前がそんな顔をするな。
 お前がそんな目を向けるな。
 お前がそんな声を出すな。

 誰のせいでこうなっていると思ってる。
 誰のせいで。

 お前が言うな。お前が言うな。お前が言うな。お前が言うなお前が言うなお前が言うなお前が言うなお前が言うなお前が言うなお前が言うなお前が言うなお前が言うなお前が言うなお前が言うなお前が言うなお前が言うなお前が言うなお前が言うなお前が言うな。

――お前らが、汐里の名前を呼ぶな――

 琢磨の頭の中も、少しずつ、けれども確実に、病み始めていた。