「それにしても、美希くらいは一緒に帰ってくれても良かったのにな。寂しいだろ」

『俺を忘れるなって言ってたの、どこの誰だったかしら? あの子は、友達が凄く多いのよ。だから、まぁ全員大切にしたいんでしょ』

「納得はして無さそうだけどな」

『でも、あの子の人生だもの。私のものじゃないわ』

 そう言うと、琢磨は「だな」とだけ返した。
 しかし、琢磨の言い分にも一理あった。あれだけ最後だ思い出だと謳っていた美希が、よもや最後の最後でこちらに来ないとは。少し残念というか、琢磨の言う通りどこか納得がいかないというか、そんな感じがしているのは確かだ。

 せっかくなら、一緒に帰りたかった。

 たらればなんて、言っても意味ないことは分かっているが。
 ほぼほぼの全校生徒が帰った校舎付近は、とにかくも静かだった。屋台の構えこそ残ってはいるものの、先まであそこではしゃいでいた大勢の在校生や客が、嘘や幻であったかのようである。

 真っ直ぐ帰っても良かったのだが、汐里たっての希望により、校舎裏の一つ特別な自販機にあるジュースを買って帰ることになった。
 歩いていると気付くのは、三年間こうしてここに通っているというのに、運動部の部活棟をよく見たのは初めてだということだ。

 これまで、どれだけのことに無頓着だったのか。
 たったの三日で思い知らされることになろうとは、汐里は思いもしなかった。
 その特別な自販機というのは、運動部が部活終わりによく使用しているらしいもので、なんでも、以前に一度だけ知音が買っていたジュースが、そこにしかないのだとか。

 せっかくだから、文化祭とは関係ないが、思い出作りということで訪れようというのだ。

『えっと……あ、その一番右上のやつ』

 指さしたのは、変わったデザインの炭酸ジュース。中身は普通らしい。
 汐里の指示の元、見つけたそれを購入すべく小銭を投入。さっそくと一口いきたいところではあったが、どうせなら汐里に戻ってから存分に楽しんでもらおうと、琢磨はそのままポケットに仕舞った。

 そんな小さな気遣いにも、汐里は律儀に『ありがと』と、とても嬉しそうな声音で礼を言った。
 再びついた帰路。またも部活棟の横を、静かに一人歩いていく。
すると、ふと汐里には聞き慣れた声が響いた。

『――大丈―だって――誰も来や――いから』

 途切れ途切れ、言葉とも取れないそれは、しかし確かにあの人の声だ。
 気付いた途端に汐里の心臓は速くなり、そちらへと向いてしまいたくなる。

『ね、ねぇ、仲村さん。その部室――』

「……帰るぞ」

 低く重く言うと、琢磨は声が響いたであろう部屋の前を通り過ぎていく。

(あの声、まさか――いや、考えるな。とりあえずはここから――)

『ね、ねえってば。あれ、輝くんの声よね…? どうして、逃げるように、避けるように早歩きするの…? 風邪、もう大丈夫なのか、確認しないと…』

 そう語る汐里の声は震えている。
 おそらくは無意識の内に、彼がここにいる筈ではないことは分かっていて、それでも彼を思う気持ちが先行して、どうにも整理が出来ていないといった様子だ。
 であれば尚更、ここに留まらせておくわけにはいかない。
 今、表に居るのが、自分で良かった。そう強く言い聞かせて、琢磨は早歩きから走りへと移行しようと――



――キーン――