夕暮れ。

 明日の土曜を片付けの日として、金曜たる今日も普通に帰宅。
 祭りの後の静けさといえば、それは虚しいものであった。
 あれが美味しかった、これも楽しかったと、口々に話す周りの生徒に相槌を打っては、それをもう二度と味わえない三年の表情に共感して、それ以上の喪失感を実感して、汐里は自分の教室へと戻る。

 美希はそのまま友人と、知音は塾があるとかで、先に荷物を纏めて帰ってしまっていた。
 せっかくの最後の帰路を一人で――と思うと少しの寂しさはあったが。


――キーン――



「――っとと。俺の存在も、忘れて貰ったら困るぞ」

『また入れ替わったのね』

「ちょっとだけ久々な感じだけどな」

 簡単に手足首を回して身体を慣らし、琢磨は汐里のバッグを手に取る。
 教室を後にしようとドア付近までやってくると、入れ違いに荷物を取りに来たクラスの人に挨拶される。お疲れ様、とだけ返して手を振って、そのまま廊下に出た。

『ちょっと不愛想すぎないかな?』

「こんなもんだろ」

『わ、酷いなぁ』

 短く言い合って、下駄箱へ。靴を履き替え、帰路へとつく。
 歩きながら琢磨は、この三日間のことについて汐里に語り掛けていた。

「十分よくやった方だろ。会長のことはまぁ残念だったが、何もそれだけが全てじゃない。知音に美希とはまた随分と仲も深まったし、話したことない人間とも話す機会があった。豊かな三日間だったとは思わないか?」

『そう言われると、頷く他ないわよね。流石に、私もそこまで馬鹿じゃないし』

 その充実感を味わっているのは、他でもない汐里自身だ。
 知音とは特に、友情が深まった。
 お化け屋敷の役者たちには心配されて、クラスの子たちは実行委員になった自分に優しくしてくれて、協力し合って――どう頑張っても、これを豊かでないとは言わないだろう。

 人生八十年とはいかなかったが、これまでの十八年間は、それなりに良いものではあろう。
 それを認めるのは自分自身。自分がそうだと思えたら、そうなのだ。

『楽しかったよ。凄く、楽しかった』

「そうか」

 優しく柔らかいトーンで琢磨は言った。
 たったの三文字だけの言葉は、しかし深く強く、汐里の胸にすっと溶けた。
 自分で下した評価に、ノーを言わない自然体。
 それだけで、もう終わる人生の価値を得た気分だった。