たしかさっき言っていた名前は、
「……すまないが、名前をもう一度教えてもらってもいいだろうか」
「あ、藪から棒でしたよね。ごめんなさい。
茅森です。茅森“うい”と申します」
「どういう字なのかな」
茅森さんは一瞬、考えるそぶりを見せる。
まるで何かを探すように宙を見つめたあと、すこし困ったように眉を下げた。
「えっと、うれ……」
そのとき、ずっと黙っていた綾人が茅森さんの言葉をさえぎった。
「優しいの右側」
優しいの右側……憂、か。
────綾人が誰かを支えるなら、
私たちは綾人を支えてあげなくちゃね。
いつかの言葉がよみがえってくる。
大きくなった腹を愛おしそうにさする美里。
ああ、そうだな。
俺たちが支えてやらなくちゃいけないな。
もし悲しかったり、苦しかったりしたら
一番に側にいてやらなくちゃいけない。
美味しいものをたらふく食べて、
気分転換にどこかへ出かけて。
優しく背中を叩きながら、隣で話を聞いてやる。
ただ、それだけでよかったのに。
俺たちが支えてやらなくちゃいけなかったのに。
……なにもかも、してやることができなかった。
この17年、俺が綾人に与えたものはなんだ?
『あいつと同じように笑うな。その瞳で俺を見るな』
『美里を返せ。頼むから、美里を返してくれ。後は何も望まない。……いつ間違えた?一体いつ、道を間違えたんだ』
────絶望だけじゃないか。



