『いかないで』
あのときと同じ、細く今にも消え入りそうな声で。
小っこい手はかすかに震えている。
ガラス玉の奥にいる俺は、酷く汚れて見えた。
まだ堕ちたりないといったように、みじめでちっぽけな自分が。
こいつの弱さはもうどこにもない。
それなのに、最後のあがきのように、瞳のなかの俺が脆く揺らめいていた。
……やめろ。
もう離してやれよ、充分だろ。
自分と関わることでこいつまで道を逸れてしまうかもしれない。
わかっていたはずなのに、ここまでずるずると引っ張り続けてしまった。
はやく手を振り払ってこの場を立ち去るべきなのに、どうしてもそれができない。
そうするべきなのに。
どうしてもそれができなかった。
「……なあ。あの日、なんで俺がついていったかわかるか?」
「え?」
「俺が。お前についていったのは、」
狡い人間だ。
自分から断ち切るのではなく、向こうから離れさせる。こうして傷つけるようなことしか言えない俺は。
「お前が堕ちたって、どうだってよかったからだよ」
本当に、狡く、格好悪い奴だった。



