現在、住んでいる二階建てのアパートは築六十年は過ぎている。
錆び付いた階段を上がり、真ん中の202号室が今の自宅だ。
近所付き合いはないので同じアパートの住人とは会えば挨拶をする程度。オートロックなどはもちろんついていないので、セキュリティはチェーンロックのみ。
インターホンはあるけれど顔は見えないタイプだし、昭和の雰囲気を漂わせている外観と相まって、いまだにおばけがでる場所と言われている。
カバンからキーケースを出して鍵を開けようとすると、ガチャリと内側からドアが開いた。
「おかえり、汐里」
「え、お母さん。なんで?」
「うーん。ちょっと貧血起こしちゃって早く上がらせてもらったのよ」
「貧血? 大丈夫なの?」
私は慌ててローファーを脱ぐ。たしかに顔色を見るとまだ青いようにも感じた。
「少し横になってたほうがいいよ。晩ごはんは私が作るから。麻婆豆腐は刺激が強いから今日はやめようか」
私は買い物袋を床に置いて、お母さんを布団に寝かせる。
「これじゃ、どっちが親だかわかんないね」
お母さんが申し訳なさそうに、両眉を寄せた。
「気にしなくていいから。あとでお水も枕元に置いておくね」
「うん。ありがとう」
お母さんは病弱というわけではないけれど、こうして度々体調を崩す。それが精神的なことと繋がっているのは知っている。



