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長い間、閉ざしていた心の扉をきみは簡単にこじ開けてきた。 

あれこれと後ろ指を指されることに慣れていた私に対して、きみの口から出てくる言葉には、いつも優しさが乗っていた。

暖かさが目に見える人は、初めてだと思った。

だから、今は悲しいというより、悔しい。

きみがただの藤枝晃ならよかったのに。

そしたら、迷わずに明日の約束ができるのに。


バイトが終わり、家に帰る頃にはいつも十時半を過ぎている。晩ごはんを食べずに待っていたお母さんと一緒に台所に立って、たった今煮込みうどんが完成したところだ。

「汐里は玉子が成功したこっちね」

「えー私、崩れてるほうでいいよ?」

「いいのよ。汐里は少し硬めのほうが好きでしょ?」 

満月のように綺麗に成功している玉子は、たしかに私好みの硬さだった。

こうして遅い晩ごはんになってしまうことが多いけれど、お母さんと向き合ってご飯を食べられることが嬉しい。 

「そういえば、ニュースで女子高生が通り魔に刺されたって言ってたのよ」

「うん。知ってるよ」 

定食屋にはテレビがついているので、そこで流れているのを見た。  

「本当に怖いわよね。汐里も気をつけてね」

「うん。大丈夫だよ。それにほら。友達にこれもらったんだ」

そう言って私はお母さんに防犯ブザーを見せた。

通り魔とこの前の自分のことが重なって、正直ひとりで夜道を歩くのが怖いなって思っていたら、バイトから帰宅してきた冨山さんが渡してくれたのだ。