「なあ、お前、拭くもの持ってる?」

視線だけは合わせないように前を向いていると、声をかけられた。

さっきはぶっ殺すなんて苛立っていたくせに、その問いかけは案外柔らかい口調だった。


お前って、私に言ってる?

振り向きたくないし、会話もしたくない場合はなんて答えたらいいんだろうか。


「おい、聞いてんの?」

視界が突然影になった。窓から差している太陽を遮るように、彼が私の机の横に立っている。

近寄られたことで、より一層、彼の大きさに驚いた。

180……いや、もう少し高いかな。

喧嘩っ早くて、荒々しいことで有名な彼は、女子からひそかに人気がある。

精悍な顔つきと高校生離れした体格に、圧倒的な存在感。

女子が色めき立つはずだ。興味がない私でも、鼻腔をくすぐるようなホワイトムスクの甘い香りに酔いそうになる。


「……ハンカチならあるけど、貸したくない」

私はわざと顔を背けて答えた。


「じゃあ、ティッシュは?」

「そこにトイレットペーパーならある」

そう言ってロッカーの上を指さした。誰が置いたのか、いつからあるのかは知らない。


「ないなら、いい」

さすがにトイレットペーパーは嫌だったのか、彼は露骨にため息をついた。