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嵐のように現れて、私のことを勝手に巻き込む。

それでいて喧嘩をするほど乱暴な人なのに、私の親指に下手くそなニコニコマークを描いてくれた。

『もう噛むなよ』

きみは、私の傷を止めようとする優しい人。


次の日。設定しているスマホのアラームで目が覚めた。身支度をするために洗面所に行くと、お母さんが洗濯物を回していた。

「おはよう。汐里。朝ごはん作ってあるからね」

台所にはアルミホイルに包まれたおにぎりが置いてあった。

「中身は梅干しよ。インスタントのお味噌汁しかないけど一緒に飲んでいく?」 

「うん。ありがとう」

私はほっこりとしながら、おにぎりを口に入れる。

金銭的なことについて詳しく聞いたことはないけれど、月末になると食卓は質素になるので、おそらく家計は厳しいと思う。

それでもこうして忙しい朝を忘れるようにお母さんと朝ごはんを食べられることが嬉しい。

「今日、私バイトだから晩ごはんは先に食べていいからね」

「うん。わかったわ」

四月からはじめた定食屋のバイトは今月で五か月になった。最初は色々と慣れないことばかりで大変だったけど、今は楽しくできている。


「この前、同じ職場の人が温泉旅行に行ったらしくて、事務所にお饅頭が置いてあったのよ。汐里に持って帰ろうと思ったんだけど、その場で食べてくださいって言われちゃってね」

「そうなんだ。食中毒とかあるもんね」 

「こし餡がたっぷり入ってて美味しかったわ」

……旅行、か。

そんなの久しく行けてないけど、私もお母さんのことを温泉に連れていってあげたいな。

そんなことを思っていると、テレビの情報番組からの声が聞こえてきた。


「愛妻家として知られていた◯◯さんが若手女優と二年に渡り不倫していたそうです!」

うちではタブーとなっている不倫という言葉。

慌ててチャンネルを替えたけれど、どこも不倫、離婚という同じ内容ばかりを取り上げている。さらには街頭で『不倫についてどう思いますか?』なんて下世話はインタビューまでしていた。


「つ、つまんないから消しちゃおうか」

私はテレビの電源を切った。お母さんの瞳が少しずつ陰っていく。

……朝からこんなニュースを流すなんて、こっちはたまったもんじゃない。