「あーあ、もう。晃ってば、ちゃんと受け取ってよね!」

「わ、悪い……」

女は文句を言いながらも、俺が手を伸ばす前に拭いてくれていた。それを見ていた男たちが「やさしー」と過度に煽てている。

そんな中で、俺は自分の手を開いたり、閉じたりしていた。何回か繰り返して、感覚の鈍さが襲ってくる。

……また、来やがった。


「バイト。今回はいいわ」

「ん? そう? 了解」

「あと、もう帰る」

自分のぶんだけの金をテーブルに置く。俺がカバンを持って部屋を出ても誰も気にしていなかった。


外はいつの間にか暗くなっていて、駅前のネオンに負けないくらいの明るい月が浮かんでいる。

とぼとぼと今朝歩いた住宅街を進みながら、またなんともいえない浮いた気持ちになった。

俺はなんでこの道を歩いているんだろう。

じんわりと広がっていく罪悪感を抱えたまま家の前に着く。

帰りたくないのに、帰る場所はここしかない。

アンティーク調のドアの取手を引けば、母さんが作った晩ごはんの香りが漂い、玄関には父親の靴もあって、そこには幸せな家族が待っている。

……ガンッ。

気づくと俺はポストを殴っていた。痛さは感じない。


――『これ、絆創膏がわり』 

自分のことを大切にしてほしい。 

傷つけないでほしい。

そう願う一方で、俺が一番汐里にひどいことをしてる。