校舎で見るたびに、汐里は親指の爪を噛んでいる。おそらく本人に自覚はない。
いつもひとりでいて、たまに寂しそうな顔をしてる時もあるけれど、自分から人に寄っていくことはない。
汐里が爪を噛むことが癖ならば、そんな彼女のことを目で追ってしまう俺も、一種の癖になっているのかもしれない。
「……もう行くから」
そう言って、足早に去ろうとする汐里のことを、俺はとっさに呼び止めていた。
「あ、えっと、お前さ、昼飯いつもどこで食ってんの?」
汐里はなんでそんなこと聞くんだろうという顔で、不審がっている。
「……教室だけど」
「じゃあ、今日は東側の部室棟に来て」
この学校には部室棟がふたつある。
ひとつはグラウンドから出入りしやすい場所に建てられた新しい部室棟。もうひとつが校舎裏の東側にある部室棟だ。
そこの建物は古くなっていて、数年前から物置小屋として使われているだけで、生徒が出入りすることは滅多にない。
「なんでそんなところに……」
「いいから、昼休みに必ず来いよ。無視したら教室まで迎えにいくからな」
「……え、ちょっとっ」
俺は断られる前に汐里から離れる。こんな一方的に約束を押し付けるなんて、自分でもズルいと思う。



