「面倒くさいから話ならここでして」
「……たく、俺だってお前の事情はよくわかってるけど、喧嘩は別だぞ」
俺は〝事情〟という言葉に、ぴくりと眉が反応した。
「色々と不都合なことがあって苛立つ気持ちもわかるけど、もう子供じゃないんだし、そんな顔に傷ばっかり作ってどうするんだ」
澤村が腰に手を当てて、深いため息をついていた。
……どいつもこいつも同じことばかり言いやがって。
一気に虫の居所が悪くなった俺は、教室には入らずに別の場所に向かって歩き出した。
「こら、藤枝! どこに行くんだ!」
背後から聞こえてくる澤村のことも、周りからの視線も身体に触れている空気さえも、ぜんぶ鬱陶しい。
と、その時。角を曲がってきた女子生徒とぶつかった。俺の胸に激突した彼女がおでこを押さえている。
「……あ」
声を出したのは俺のほう。少しムスッとしながら顔を上げたのは汐里だった。
「わ、悪い。大丈夫か?」
「……べつに平気」
昨日の河川敷で話したことが嘘のように、汐里は他人行儀だった。
さっきまであんなに苛立っていたのに、彼女の顔を見た途端に消えてしまった。
乱れた前髪を直している汐里の指先が目に入る。右手の親指の傷が広がっているように見えた。
「また噛んだの?」
「………」
彼女は気まずそうにするだけで、なにも言わなかった。



