「……傷、痛くないの?」
彼の口元から滲んでいた血は止まっていたけれど、痛々しく切れている痕がまだはっきりとわかる。
「いてーよ」
そう言いながらも、彼は半分にした肉まんを二口で食べてしまった。
もしかして足りないんじゃないかと心配になったけれど、かじってしまった肉まんを返すわけにもいかないので、私も続きを食べた。
「……なんで喧嘩したの?」
「しらね。向こうが勝手にキレて殴りかかってきただけ」
「嫌われてるの?」
「好かれてはねーだろ」
理由もなく喧嘩を売られても、彼はあまり気にしていないように見えた。
「汐里」
「……え?」
突然呼ばれた名前に、私は瞬きの数が多くなる。
「汐里って呼んじゃダメなの?」
「い、いいけど、べつに……」
「じゃあ、俺のことは晃って呼んで」
「なんで?」
「うるせー。呼べ」
そんな言い方はないだろうと思ったけれど、なんだか彼が拗ねていたので反論はしなかった。
……晃。
男の子の名前を初めて心の中で呼んだ。
月明かりに照らされた彼の横顔はとても綺麗で、夜空に溶ける空気がほんのりと暖かくなったような気がした。



