その夜、お母さんは睡眠薬を一錠だけ服用した。眠気がくるまで私はずっと手を握っていた。
それから二時間後、寝付いたお母さんの手をほどいて、私は物音ひとつ立てずに外に出る。
一歩ずつ進んでいくたびに歩くスピードは早くなり、気づけば無我夢中で走っていた。
「ハア……ハア……ッ」
息を切らせてたどり着いたのは、いつもの静かな河川敷だった。そこに晃が座っていて、儚げに星空を見上げていた。
「来ると思ったよ」
晃が切なそうに眉毛を下げる。
私もいると思った。
ちょこんと彼の隣に座ると、ホワイトムスクの香りに包まれる。一気に胸が締め付けられていた。
「お母さん……大丈夫か?」
あんなに強く罵倒されたのに、晃はお母さんのことを一番に心配してくれた。
「……大丈夫じゃないよ」
「そうだよな……」
不倫相手の息子である晃と私が仲良くしてるなんて、絶対に知られてはいけないことだった。
でもそれは私以上に、晃のほうがわかっていた。
それを承知で彼は偽ることなく、お母さんの前で名前を名乗り、頭を下げてくれた。
そのまっすぐは痛いほど、私にしっかりと届いている。



