あの時、晃のお母さんと会って迷わずに逃げてしまった。
そのあと晃がどんな話をして、どんなフォローをしたのかはわからない。
「あ、汐里。お帰り。今ね、途中まで迎えにいこうと思ってたのよ。たまには一緒に買い物でも行こうかなって」
私のことに気づいたお母さんが寄ってきた。
「えっと、その子は?」
当然のことながら、お母さんの視線が晃に向いていた。
どうしようと、うろたえている私とは違い、晃は逃げなかった。
「初めまして。蓮見晃と言います」
彼は藤枝という名字で誤魔化すこともなく、はっきりと現在の名前を言った。
「……蓮見?」
お母さんの顔色がみるみる青くなっていく。
当たり前だ。お母さんにとってもこの五年間、使うことも目にすることもなかった名字だ。
「あ、晃……」
止めようとしたけれど、彼はとても真剣な顔をしていて、そこに覚悟のようなものを感じた。
「うちの母が大変失礼なことをしてすみませんでした」
頭を下げる晃を見て、お母さんはすべてを悟ったようだった。
「決して許されないことをしたことは息子の俺が謝ります。今さら言い訳がましいですが、母は最初妻子がある人とは知らなかったそうなんです。でも好きになってしまい、ひとつの家族を壊す結果になってしまいました」
晃の悲痛な思いがひしひしと伝わってくる。
きっと彼も板挟みになりながら、苦しんでいたのだと思う。



