襖一枚だけで区切られている部屋はかすかな声でさえも漏れてくる。
電気を消して寝ようとしてた私はそっと襖を開けた。
「……っ」
すでに布団に入っていたお母さんが泣いている。おそらく無意識だろう。
夢の中で幸せだった頃を思い出しているのか、あるいは裏切られた悔しさが込み上げているのかはわからない。
どっちにしたって、お母さんの涙を見るのは苦しくてツラい。
「大丈夫だよ。私がいるから」
そう言って背中を擦ってあげると、お母さんは安心したように穏やかな寝息をたてていた。
眠気が覚めてしまった私は、部屋着にパーカーだけを羽織って外に出た。
ついこの前まではセミがうるさく鳴いていたというのに、九月の夜はとても静かだった。
すれ違う自転車を避けながら、ふと視線が止まる。視界にポストを捉えると、また黒い感情がじわじわと湧いてきた。
父が現在暮らしている場所は、隣街の住宅地。住所は父方の祖母を通じて聞き出した。
『お父さんに手紙を書きたいから』
そう告げると、なんの疑いもなく教えてくれた。
最初は祖母も父の代わりに謝っていたけれど、最近はそれもなくなった。
なにかあったらなんでも相談してと言われているけれど、わざわざ頼ったりはしない。
父と繋がっているというだけで、私はなにも信用できない。今まで大切にしてきたものが崩れていくように、パラパラと心がすり減っていく感覚は今も続いている。
……ガリッ。
当たり散らすことができない代わりに、右手の親指を強く噛んでいた。
ひとりになると、ついやってしまう。
せっかく前に噛んだ痕が治ってきてたのに、また傷を重ねてしまった。



