「誰? 許可もなく無礼な」

「夫の顔を見忘れたか?」

ナサニエルは兜を外し、放り投げる。
マデリンが驚愕の表情のまま固まり、男は、さっと彼女から離れると、床にひれ伏した。

「生きていたんですか」

「死んでいたほうが、お前には良かったのだろうがな」

アンスバッハ侯爵がいなければ、ここには用はない。
ナサニエルは男を一瞥したあと、マデリンに言う。

「先に不貞を働いたのは私だし、お前を妻という立場に置いておきながら、その義務を果たしていないのは私の落ち度だ。だから、愛人を作ったことに対して、お前を責めるつもりはない。だが、コンラッドを王にするのだけは認められない。理由はお前が一番よく分かっているだろう?」

じろりと睨むと、マデリンは体を震わせる。

「あ、あの子はあなたの子です。お認めになってくださったじゃないですか」

「あの子が第三王子として生きる分には、認めても構わないと思っていた。だが、王になるのだけは認められない。侯爵は欲を出しすぎたんだ」

「お兄様を侮辱なさらないでください。あなたが王になったとき、兄がいなければどうなっていたか」

「分かっている。だからここまで来てしまった。知っていたか、マデリン。バイロンが体調を崩したのは毒のせいだ。侯爵は、自分の思い通りにならないバイロンから、少しずつ力を奪っていったのだ」

「……え?」

それは余程予想外だったのだろう。マデリンの表情から、気色ばんだ様子が消えた。

「嘘です。だってバイロンは正真正銘の王位継承者で。兄にとっては権力を得るのに大事な甥だったはずです」