「クロエさ……」

「しっ。侯爵に見つかったら大変だわ」

ふたり、息を詰めて扉の外の気配を窺う。
荒々しい足取りで廊下を駆け抜けていった侯爵は、「コンラッド!」と激しい叱責の声を上げた。

「おまえ、なにをしている。暴動が起きているのが分からないのか? クロエ嬢はどうしたのだ?」

「彼女は別室に閉じ込めてあります。ご心配なく。……ちょっと、体調が悪くて」

聞こえてくる声は、コンラッドのものだ。
どうやら、コンラッドはクロエを侯爵に引き渡す気はないようだ。
媚薬の効果で体調は悪そうだが、ロザリーにはそもそも媚薬で体がどうなってしまうのか分からない。

「アイザック兄上は生きていたんですか?」

「ああ、予想外だがな。だが、現時点でアイザック王子はすでに臣籍降下している。立場はお前の方が上だ。速やかに彼らに兵を引かせるんだ。反抗すれば、反逆罪で捕らえればいい」

侯爵はそう言うと、コンラッドを引っ張っていった。

廊下を通り過ぎ、声がどんどん下の方に行ったところで、ロザリーとクロエは息を吐きだした。

「……行ったわね」

「そうみたいですね」

「あなたが来たってことは、カイラ様は無事なのね? ナサニエル陛下は?」

「陛下も無事です。ザック様も、ケネス様も無事でした。といっても今、暴動を起こしているところなんですけど。私達は近衛兵団の宿舎に隠れるようにと。カイラ様もそこにいらっしゃいます」

「なんですって? じゃあ近くにお兄様がいるの?」

急にクロエが元気を取り戻す。

「外です。今門前で開門を迫っていて……」

言いかけたところで階下から騒がしい物音がする。

「突破したみたいですね。城内になだれ込んできたのかも」

「今出ていったら見つかるわね。……コンラッド様や侯爵が下りて行ったから、この階までは誰も来ないわ。しばらくここから状況を見守りましょう」

クロエの提案に従って、ふたりは三階ホールの手すりに隠れつつ、階下をうかがった。