「では、私は婚約者の立場から下ろさせていただきたく思います。今のままでは王家に大変不敬であると存じますので」

「なにを言っているんだ? クロエ嬢」

「そうだ。俺との結婚が破談になれば、イートン伯爵など爵位返上の上追放となるのだぞ?」

怪訝に眉を寄せた侯爵と、子供じみた恐喝で脅してくるコンラッドをクロエは涼しい顔で見つめる。

「……できるものならご自由に」

馬鹿にしたような笑みに、コンラッドは呆気にとられただけだが、侯爵の方は静かに立ち上がり、ポケットから小瓶をとりだし、目の前に置かれた紅茶の中に垂らす。

「やはり君には従順さは見込めないようだ。……秘密を知った人間は、仲間にするか始末するか。それが鉄則だ。……クロエ嬢、ここで決めるんだな。コンラッドと結婚し王妃になるか、若い花をこの場で散らすか」

クロエは静かな目で紅茶のカップを見つめた。
おそらくは毒が入れられたのだろう。すでに毒を用意している用意周到さといい、この場になって全く動じないところといい、やはりすべての毒死事件には侯爵が関わっているのだろう。

(私になにかあれば、お父様もお兄様も、絶対に黙っていない。どんな手を使っても、必ず侯爵の悪事を暴いてくれるはずだわ)