グラウンドには、今年1年を共に戦った仲間達の姿がある。しかし、その中に小谷さんの姿はなかった。


野崎監督の留任に伴い、ほとんどの一軍コーチングスタッフも残留する中、小谷コーチだけは、球団の慰留を断り、仙台を去って行った。当然、来季も一緒にやれると思っていた、俺も他のピッチャー達も、正直ショックだった。


「6年も同じ球団に、お世話になって、もうコーチとしての引き出しも空っぽになってしまった。この辺でお暇させていただく。来季は必ず優勝してくれよ。」


そう退任の挨拶をした小谷さんだったが、俺にはとても小谷さんの「コーチとしての引き出しが空っぽ」になったとは思えなくて、とにかく残念で寂しかった。


そんな思いを胸に、ロッカールームで荷物整理をしている小谷さんの所に押し掛けると  


「本当は、去年で辞めるつもりだったんだ。俺らは明日の保証が何もない身分だから、契約してくれると言われるのは、有り難い限りなんだが、しかし同じ人間がずっとやってても、選手にとってもチームにとっても、いい事はあまりないよ。」


と笑ったあと


「まして野崎のオッサンとは、前も一緒にやったことがあるが、向こうはどう思ってるか知らんが、こっちとしちゃ、合わねぇなぁと思ってたしな。」


と舌を出した。


「それでももう1年やらせてもらったのは、心残りが1つだけあったからだ。」


「心残り?」


「ああ。今からもう10年ほど前になるか。当時、俺は別の球団でスカウトをやっていた。その年の春の甲子園の決勝戦を、俺は視察に行った。お目当ての高校は、当時夏春甲子園連覇を成し遂げた、王者とも言える高校でな。まぁ凄い選手がたくさんいた。そいつらをチェックするのが目的だったんだが、ふとそのチ-ムのキャッチャ-が、俺の目に留まったのよ。」


「えっ?」


「そいつが二塁に放った球が、綺麗な球筋でな。おっと思って、投げ方見たら、まるでピッチャ-みたいな投げ方すんのよ。」


「・・・。」


「そいつはまだ2年生だったんだが、プロが注目するような先輩達に交じって、物おじもせず、キャッチャ-としてチ-ムを引っ張っていたその性格も含めて、この選手はピッチャ-にしたら面白いと思ったんだ。」


(小谷さん・・・。)


「その後、まもなく俺はスカウトを離れ、まずそのチ-ムで、ついで今のチ-ムでコ-チをしてた。そして気が付いたら、そいつが大学で、ピッチャ-とキャッチャ-の二刀流なんて、しゃれたことをやってやがってさ。」


そう言って、小谷さんはおかしそうに、笑った。