僕の背後にナリスマシ

 時計の針が26時を回った。ラジオからは車のキーをポケットから出すチャラチャラという音が聞こえてくる。続いてドアを開ける音、閉める音。そしてエンジンがかかる音が流れる。車が走り出しエンジン音が次第に小さくなっていくと2枚目の歌手兼俳優のナレーションに合わせて 一曲目が始まった。

「 イエローのやつはこの番組にも盗んだネタを送ってるんだろうな。俺達とのやり取りと全く同じ内容のナレーションを聞いたことがある。」
 周治の言葉に妙高が返す。
「お前こんな遅くまで起きてるのか。俺は爆睡してるぞ。」
「そっちに流すか。俺はお前が〈イエローに妬まれる理由がわからない。〉と言うから、そっちに話を持って行こうとしたんだ。普通の人間はそう考える。やっぱりお前変わってるな。」
 周治は妙高にそう言って笑った。
「イエローは自称ミュージシャンで一時期は音楽活動してたんだろ。俺はソロで活動した時の名前もバンド名も知らないけどな。楽器も色々得意だって言うじゃないか。なぜ楽器が弾けなくて曲しか作れない 俺が妬まれる。確かに歌は下手くそだが喋りは得意だ。楽器が弾けるお笑い芸人でやっていけばブルーなんかよりよっぽど面白いかもしれんぞ。」

 妙高は思っていることをズケズケと言った。もちろんサイトに書き込みをしたり 周治以外の人間の前でしゃべったことはない。もしこう言った言葉にイエローがカチンと来るのであれば可能性は限られてくる。配送が終わった後、駐車場で周治と話をする時に誰かがこっそり聞いたか それを携帯で録音してイエローに送っているからだろう。だとすれば一人は容易に想像がつく。籾田千尋だ。

「そこだよ、自称ミュージシャンなんだが あいつは作詞と作曲の能力がないから、お前と俺の文章を盗み盗聴器を仕掛けてメロディも盗む。俺にはそう思えるんだ。」
 周治がそう言っても楽器が弾けて楽譜がスラスラと読める人間を羨ましく思う妙高にはその気持ちが理解できない。
「そうかもしれんが イエローのおかげで俺はラジオもあまり聴かなくなったし音楽も聴かなくなったよ。最近聞くのは昔懐かしい曲ばっかだ。」
 妙高は習字にそう言った。

「イエローはお前と友達になりたいのかもな。お前を尾行してるという噂もある。」
 妙高は周治の言葉に心当たりがあった。
「そんな情報どこで仕入れてくるんだ。」
 妙高は周治に聞き返した。
「簡単なことだ。ショッピングモールの飲食広場(フードコート)でテナントのオーナーと食事をすることがあるんだが、人数が多いだけにいろんな人がいろんな噂を していると教えてくれた。その中に〈そういえば君が話すのと同じようなことがよくラジオから流れるよ。〉と笑っていたオーナーがいた。」
「しかしひどい逆恨みだな。自分の作品にこんな音楽を付けたいなと考えて曲作ったら文章が盗まれるわメロディーは盗まれるわ。それで友達になりたいだって。頭おかしいだろ。俺は顔も知らんが顔もおかしいんだろ。」
 酔った勢いで妙高の言葉はかなり荒れている。
「俺も結構前から尾行されているのかと疑ったことはある。夜は自動二輪、昼の渋滞は原チャリだ。夜なんか追い抜きたいのかと思って左側を大きく空けセンターライン寄りに走っても追い抜かない。スピードを緩めても追い抜かない。かと言ってスピードを上げるとついてくる。二輪の機動性を生かしてるわけだ。 昼間の混んでる時は原チャリが俺の左後ろ、たまに左前だ。それも同じだよ。左側を空けても追い抜かない。渋滞が切れて加速するとスピードを上げて付いてくる。先に行かせようと思ってもやっぱり行かない。とにかく俺の左後ろを走るんだ。車も同じだ。必ず通行量の少ない時間帯に停車していて俺が通過すると後ろに付く。先に行かせようと思って左に寄る少し先で停まっている。 俺が追い抜くとまた付ついてくる。 これは偶然か。」
 周治は状況を細かく説明すると皮肉たっぷりに締めくくった。
 妙高もそう言われれば最近は同じような体験を頻繁にしていた。
「 ああそれな。俺もずいぶん前から経験してるぞ。 男を付け回す男のストーカーだからオストーカーとでも呼んでやるか。女もいるが男が女装してるのかもしれんからやっぱりをオストーカーだ。」
「今の話聞いてたら、イエロー怒り狂ってるだろうな。それより『泥棒と学者』 仕上げて読ませてくれよ。なんなら今ここで朗読してもいいぞいいぞ。」
「お前もパソコンと携帯を覗いたらどうだ。」
 周治の頼みに妙高はニヤリと笑い、またちびちびとジンを飲み始めた。