数日後、私は自室で丁寧に包装を剥がした。心臓が高鳴る。
 漆黒のシンプルなケース。そっと回すと、艶のある赤い口紅が出てきた。鏡の前で慎重に自分の唇をなぞる。顔色が華やぎ、私でも女に見える。
 やっぱり悪くない。


 明日が本番だ。


 私は人気のなくなった教室に幼馴染みのあいつを呼び出した。唇にはあのルージュ。あいつを呼び出す前に女子トイレで丁寧に塗った。
 あいつは私を見てちょっと驚いたようだった。

「……な、何のようだよ?」
「プレゼントを渡したくて」
「は? プレゼント? ……今日、お前の誕生日なのに?」

 そう言ったあいつに私は近付き、唇を無理矢理塞いだ。驚いてあいつは私を引き剥がす。

「な、何すんだよ?!」
「私のファーストキスをプレゼントしたんだよ」

 あいつの唇が私の口紅の色に染まっているのを見て、私はくすりと笑った。
 あいつへのプレゼントなんて言ったけど。
本当は自分への誕生日プレゼントだ。初めてのキスは好きな人としたいとずっと思っていた。あいつにとっては迷惑でしかないだろうけど。

「じゃあね」

 私はそれだけ言って、教室を後にしようとする。

「待てよ!」

 あいつはそんな私の腕を掴んだ。

「急に何なんだよ!
その……口紅も。今まで化粧なんてしなかったじゃねーか」

 私はあいつの腕を振り払って睨んだ。

「女になりたかったの! 私だってお前に女扱いされたかったんだよ!」

 あいつは大きくため息をついた。

「ばかじゃねー?」

 あいつの言葉に、不覚にも涙が浮かんだ。

「っ。……ばかだもん!」

 涙を拭って、走り去ろうとする私をもう一度あいつが掴んだ。先ほどよりも優しく。

「お前、何も分かってねーのな。俺はメイクしない素のお前も女だと思ってたよ」
「え?」

 あいつは私を引き寄せ、キスを落とした。

「これでセカンドキスも俺のものだな。今後のキスも俺がもらってやる。意味分かれよ?」

 今度は喜びから涙が溢れた。

「その口紅は没収な。破壊力強すぎ。俺の前だけでつけること」

 あいつの言葉に私は泣き笑いをした。

「返事は?」
「仕方ないから、そうしてあげるよ」
「ばーか」

 あいつはそう言いながらも嬉しそうに私の頭を乱暴に撫でて、私を抱きしめた。
 あいつが彼氏に変わった瞬間だった。


                            了