猫娘とおソバ屋さんで働いています

 私は気絶しないようともすれば遠のきそうな意識をかろうじて留める。あっちに行ってしまわないよう繋いでおけるロープがあればどれだけ助かるか。
 しかしないものねだりをしても何にもならない。
 代わりに私は言葉に頼る。
「そそそそそそれで私をあの店に? あの妖怪だらけの店に私を紹介したんですか」
「青森さんなら免疫がついてるしね」
「めめめ免疫って……私、みさきくんが妖怪だなんて全然知らなかったんですよ。免疫どころかめの文字すらないですよ」
「でも実際平気だったでしょ?」
「そそそれはそうですけど」
「なら問題ないと思うんだけど」
 それとこれは違うような。
「あとね、青森さんは普通に暮らしているけどここ(浅間ハイツ)って基本妖怪しか住んでないから」
「はぁ?」
 ちゅどーんっ!
 爆弾が投下されました。
 それもどえらい威力の。
「そそそそれってどういうことですか」
「言葉の通りなんだけどね」
「俺もここに来てあおいさんに初めて会ったときはびびりましたよ。姉からこっちなら人間はいないって薦められてましたから」
「一応、会社のほうにも気をつけてもらってたんだけどね」
 あのー。
 それならなぜ私がここに住めたんですか?
 これは口にした。
「だったらどうして私が入居できたんですか」
「うーん」
 大家さんが腕組みする。
「そこが疑問なんだよね。事故物件だから家賃が三万円ということにしようって言っておいたのに人間が入ってきちゃったんだから」
「事故物件?」
 私は目をぱちぱちさせる。今回はどもりもなしだ。
「そんなの説明にありませんでしたけど」
 そう。
 もし、事故物件だと聞いていたらここはパスしていたはずだ。
「まあ本当は事故物件でも何でもないから嘘はついてない……よね?」
 なぜ疑問形。
 てか、妖怪のアパートってある意味心霊スポットと同じでは?
 ああ、知らずにそんなところに生活していただなんて。
 でも……。
 私はちらとみさきくんを見る。
 妖怪と言わなければ彼は人間と全く変わらない。
 ただの大学生だ。
 ……中学生でも通じるかもだけど。
 急に不安そうなトーンでみさきくんがたずねてくる。
「まさか、出て行ったりしませんよね」
「……ここにいるよ」
 正直、このアパートの秘密は私にとって衝撃だった。
 だからといって別のところに居を移すというのは無理な話だ。
 まずお金がない。引っ越し費用を払えるほどの余裕はないのだ。
 それにこの間取りで月三万円はやっぱり安い。事情はともあれこの家賃で同一の物件を探しても見つからないのではないか。
 あと、今まで住めていたのに妖怪だらけだと判明したからと逃げ出すのは何か違うと思う。
 怖いのは嫌い。
 でも、みさきくんは怖くないし、他の人たちもとってもいい人たちだ。
 妖怪かどうかよりも大切なものはある……はず。
「私、ここを出て行ったりしないから」
 私の言葉にみさきくんが安堵の表情を浮かべた。