「つばめのおうち」の前でゆきさんと別れると、私は自分の住んでいる「浅間(あさま)ハイツ」に戻った。
浅間ハイツは二階建てのアパートだ。
部屋数は6。
家具と家電がついた1LDKの家賃は一ヶ月30000円(その内管理費が3000円)とかなり安い。しかも敷金と礼金もなし。この金額だと築年数や事故物件の可能性を心配したくなるが、建てられて三年、事故物件ではないというから驚きだ。
これで採算が合うのかと別の心配をしたくなる。
とはいえ、大学卒業を機にここに引っ越してからもう一年。
実のところ不安や心配はほとんどなくなっている。
私の部屋は二階の202号室。
階段を上って二つ目のドアを目指そうと歩を進めると一番奥にある203号室のドアが開いた。
緑地に白と黒の格子模様のついた着物姿の背の高い男と彼より頭一つ以上低い男の子が出てくる。後者は焦げ茶色のシャツに紺のジーパンといった格好だ。
二人はすぐに私に気づいて近づいてきた。
「こんばんは青森さん」
先に声をかけてきたのは着物姿の男……この浅間ハイツの大家の京極夏彦(きょうごく・なつひこ)さんだ。実年齢は知らないけどなかなかのイケメンである。
「こんばんわ、あおいさん」
こちらは私の隣に住む大学生の宮部みさき(みやべ・みさき)くん。亜麻色の髪を肩まで伸ばしたまるで女の子のように可愛らしい顔立ちの男の子だ。軽く手を加えるだけで美少女に変身できそうだが今のところ私の想像の中だけで我慢している。
「こんばんは」
私も挨拶する。
大家さんがにこやかにたずねてきた。
「そういえば今日から仕事だったんだよね。どう? やっていけそう?」
「あ、はい……」
大家さんはどこまで知っているんだろう。
そう自問しつつも気絶して目を覚ましたときのことを思い出す。
彩さんたちの会話からすると大家さんは事情を把握していると考えたほうがいいのかも。
「みんな良くしてくれて、とっても働きやすそうなところでした」
そう答えてからお礼がまだだったと気づく。
慌てて付け足した。
「こ、この度はお店を紹介していただきありがとうございました」
これだと違う意味の「お店」に聞こえそう……。
自分でもあれだなぁと思いながらにこりとする。
「あーいいよいいよ。そんなの大したことじゃないし」
いきなり失敗してしまったことは話したほうがいいのかやめておくべきか。
この選択に逡巡する。
「僕もそのうち顔を出すから、そのときはヨロシクね」
「あ、はい」
とは言ったものの、まだろくに仕事を憶えてないのでなるべくなら後にしてほしい。ちゃんと働けないうちはやっぱり見られたくないし。
「いいなぁ」
大家さんの隣にいたみさきくんがうらやましそうに。
「俺も行ってもいいですか?」
「もちろん」
すぐはやめてね、すぐは。
心の中でそう加える。
本当にみっともない姿は見せたくないから。
「あと、今さらで何なんだけどごめんね」
大家さんがいきなり謝ってきた。
「彩さんから聞いていると思うけど、あの店って普通じゃないんだ」
「普通じゃない……」
つい、オウム返しをしてしまう。
今の言葉で大家さんがお店のことを知っていると確信した。
ただ、傍にみさきくんがいるからあまり突っ込んだ話は控えるべきだよね。
「びっくりしたでしょ? でも、彩さんたちは悪い人じゃないし僕が知る限りでもそう害になる常連客もいないし、安心して働けると思うよ」
笑顔が広がった。
「それにもし青森さんに何かしたら、僕がそいつに後悔させてあげるから」
え?
穏やかそうな大家さんの口から何だか物騒なセリフが飛び出してきたんですけど。
浅間ハイツは二階建てのアパートだ。
部屋数は6。
家具と家電がついた1LDKの家賃は一ヶ月30000円(その内管理費が3000円)とかなり安い。しかも敷金と礼金もなし。この金額だと築年数や事故物件の可能性を心配したくなるが、建てられて三年、事故物件ではないというから驚きだ。
これで採算が合うのかと別の心配をしたくなる。
とはいえ、大学卒業を機にここに引っ越してからもう一年。
実のところ不安や心配はほとんどなくなっている。
私の部屋は二階の202号室。
階段を上って二つ目のドアを目指そうと歩を進めると一番奥にある203号室のドアが開いた。
緑地に白と黒の格子模様のついた着物姿の背の高い男と彼より頭一つ以上低い男の子が出てくる。後者は焦げ茶色のシャツに紺のジーパンといった格好だ。
二人はすぐに私に気づいて近づいてきた。
「こんばんは青森さん」
先に声をかけてきたのは着物姿の男……この浅間ハイツの大家の京極夏彦(きょうごく・なつひこ)さんだ。実年齢は知らないけどなかなかのイケメンである。
「こんばんわ、あおいさん」
こちらは私の隣に住む大学生の宮部みさき(みやべ・みさき)くん。亜麻色の髪を肩まで伸ばしたまるで女の子のように可愛らしい顔立ちの男の子だ。軽く手を加えるだけで美少女に変身できそうだが今のところ私の想像の中だけで我慢している。
「こんばんは」
私も挨拶する。
大家さんがにこやかにたずねてきた。
「そういえば今日から仕事だったんだよね。どう? やっていけそう?」
「あ、はい……」
大家さんはどこまで知っているんだろう。
そう自問しつつも気絶して目を覚ましたときのことを思い出す。
彩さんたちの会話からすると大家さんは事情を把握していると考えたほうがいいのかも。
「みんな良くしてくれて、とっても働きやすそうなところでした」
そう答えてからお礼がまだだったと気づく。
慌てて付け足した。
「こ、この度はお店を紹介していただきありがとうございました」
これだと違う意味の「お店」に聞こえそう……。
自分でもあれだなぁと思いながらにこりとする。
「あーいいよいいよ。そんなの大したことじゃないし」
いきなり失敗してしまったことは話したほうがいいのかやめておくべきか。
この選択に逡巡する。
「僕もそのうち顔を出すから、そのときはヨロシクね」
「あ、はい」
とは言ったものの、まだろくに仕事を憶えてないのでなるべくなら後にしてほしい。ちゃんと働けないうちはやっぱり見られたくないし。
「いいなぁ」
大家さんの隣にいたみさきくんがうらやましそうに。
「俺も行ってもいいですか?」
「もちろん」
すぐはやめてね、すぐは。
心の中でそう加える。
本当にみっともない姿は見せたくないから。
「あと、今さらで何なんだけどごめんね」
大家さんがいきなり謝ってきた。
「彩さんから聞いていると思うけど、あの店って普通じゃないんだ」
「普通じゃない……」
つい、オウム返しをしてしまう。
今の言葉で大家さんがお店のことを知っていると確信した。
ただ、傍にみさきくんがいるからあまり突っ込んだ話は控えるべきだよね。
「びっくりしたでしょ? でも、彩さんたちは悪い人じゃないし僕が知る限りでもそう害になる常連客もいないし、安心して働けると思うよ」
笑顔が広がった。
「それにもし青森さんに何かしたら、僕がそいつに後悔させてあげるから」
え?
穏やかそうな大家さんの口から何だか物騒なセリフが飛び出してきたんですけど。

