猫娘とおソバ屋さんで働いています

 私は自分のレモンチューハイ(二杯目)をちびちびと飲み始めた。すでに三分の一くらいしか残ってないのでこの飲み方でもそのうち空荷なるだろう。
 唐突にゆきさんが質問した。
「ねぇ、あおいさんは不思議な体験とかしたことある?」
「ぶっ」
 思わず吹き出してしまう。
 ちびちび飲みにしていて良かった。
「あ、あおいさん?」
 驚いたゆきさんに私は謝った。
「ごめんなさい」
「私こそ変なこと聞いちゃってごめんなさいね」
「いえいえ」
 私はハンカチで口のまわりと服を拭いた。テーブルの上はおしぼりで済ませる。
 一通り終えたところでゆきさんが再度たずねてきた。
「それでさっきの話なんだけど、どう? 不思議体験とかある?」
「ええっと」
 私は中空に目をやる。
 どうしよう。
 困っていると。
「たとえばこんな経験ない? 川のそばを歩いていたら誰かの視線を感じるんだけど周囲に誰もいない、とか。買い置きにしていたポテトチップスがいつの間にか食べられていたとか」
「それって不思議体験っていうより気のせいなんじゃないですか」
「あら、こう思えない? もしかしたら誰かが川の中からこっちを見ているかもしれないとか、普段は実体化していない同居人がおやつに食べちゃったとか」
「あはは、何ですかそれ」
「案外身近にいるかもしれないわよ、不思議な存在って」
「……」
 このとき私は顔を引きつらせていたのだろう。
 ゆきさんが言った。
「あるのね? やっぱり」
「……」
「実は私もあるのよ、不思議体験」
「えっ?」
「昔、夜道を歩いていたら交差点の信号機の陰に隠れるように白い大きな角を生やした一つ目のお化けがこちらを凝視していたのよ。まあ、そのうち消えてしまったんだけど」
「……」
 一角……かな?
 私の記憶がそうだと言っているが素直には受け容れられない。
 一角の遭遇確率って高いのかな。
 あ、でも彩さんが最近は見かけなくなったとか言っていたっけ。
 なら安心?
「あとね」
 ゆきさんが続ける。
「私のお友だちが雪女に会っているのよ」
「えっ?」
「本人はわかってないみたいなんだけど……あら、あおいさん顔色悪いわよ」
「な、何か悪寒が……」
 ぶるっと身を振るわせた。
「詠鳥庵」には人間だけでなく妖怪もお客さんとして来店するんだよね。
 さらにぶるっ。
 ゆ、雪女とかにも会っちゃうのかな、私?