猫娘とおソバ屋さんで働いています

 夜。
 パート初日で気絶なんて失敗をしてしまった私は住んでいるアパートの近くにある居酒屋「つばめのおうち」に来ていた。
 時刻は午後九時を過ぎている。
 店内はすでに満席で、特に私と同年代と思しき人たちとサラリーマン風のおじさんやOLっぽい人の姿が目立つ。熱く何かの議論を戦わせる人もいれば恋バナで盛り上がる人、愚痴大会を開いちゃってる人もいる。
 ある意味カオスだけど決して居心地が悪い訳ではない。
 私は二人がけのテーブルについていた。並んだ料理の先には透けるような白い肌の着物美人がいる。
 黒髪を後ろでまとめた彼女はどことなく薄幸を連想させる顔立ちだった。瞳の色が薄青いのも印象的だ。
 着ている着物は紺色に緑の模様が入った落ち着いたデザインで着こなしもしっかりしている。自称は二十五歳だから私より少しだけお姉さんである。
 吹雪ゆき(ふぶき・ゆき)。
 彼女は風見駅そばの商業施設にあるアイスクリームショップで働いていた。もちろん仕事中は洋風の制服姿である。
 ゆきさんは梅チューハイ(三杯目)を四分の一ほど飲むと静かにグラスをテーブルに置いた。
 半分眠そうな声で言う。
「あおいさんもようやく落ち着けるわね」
 上品な動きで枝豆の中身を取り出した。
「私も嬉しいわ」
 ゆきさんとは半年前にこの店で知り合った中だ。そのときは私のアパートの大家さんとゆきさんが飲みに来ていて後から入店した私に大家さんが気づいた。そして声をかけられた私はゆきさんを紹介されたのだ。
 それからこの店で顔を合わせることが何度もあって、そのうち私たちは一緒に飲むようになったのである。
 ゆきさんは私とは別のアパート(浅間荘・あさまそう)に住んでいる。大家さんがオーナーの物件だ。
 なぜかゆきさんには何でも話せる安心感があって、私はせっかく就職した広告会社が一年と持たずに潰れてしまったことやなかなか次の勤め先が見つからないことを打ち明けていた。
 再就職できない私を心配して大家さんに相談することをすすめてきたのはゆきさんだ。
 そして、私は大家さんに「詠鳥庵」(えいちょうあん)に口利きしてもらったのである。
 大家さんの力が大きいのもあるけれど、ゆきさんのおかげで仕事につけたのだとも私は思っている。
 感謝、いや大感謝だ。
 だから今夜のお代は私持ちということになっている。
「パートなんだから無理しなくていいのよ」とゆきさんは初め遠慮していたけど、そこは私が押し通していた。
 ゆきさんは猫舌らしくあまり温かいものは好きではないとのことなので、枝豆や冷奴、ポテトサラダや刺身とかが彼女の前に並んでいた。飲みものは梅チューハイがお気に入りのようだ。
 もちろん冷めれば焼き鳥とか唐揚げ、もつ煮とかも食べられる。
 だけど、猫舌って大変だなぁ。
 温かいうちに食べたほうが美味しいものもすぐに口にできないんだから。