「先輩は、馬鹿なんですか?」
「できた人間は感情に踊らされることなんかない。いかなるときも自分をコントロールできるんだよ。できた人間にとって、感情はただの表現方法だ。その場に応じて必要な感情を引っ張り出して相手に伝える」
「先輩がその『魔手』に捕らわれるときに、共通点なんかはあるんですか?」
「さあな。そんなことより、自分の安全を確保しろ」
どこかへ向かう歩みを再開させる先輩を、十織は「おれは」と呼び止めた。
「先輩を危険なものとして捉えてません」
「この学校、存外馬鹿が多いんだな」
「確かにおれは馬鹿かもしれません。先輩も、誰かから見れば馬鹿かもしれません。でも、そうとは限りません。おれは先輩を知りたいです」
「自分のことなんか自分が一番わかってる。おれは馬鹿なんだよ」
「……どうして、そう思うんですか?」
先輩は体ごと振り返り、こちらに歩み寄った。
「おれは馬鹿なんだよ。自分のやったことを人のせいにするくれえに。おれは自分のこれを親父のせいだと思ってる。あいつは感情にもてあそばれ、怒りが表面に出てくれば家族に当たり散らす。そのきっかけは周りの人間には予測ができない。おれはそれにそっくりなんだよ。どれだけ抗おうとも、あいつと血縁関係にある事実には抗えない。普段おとなしくしてても些細なことでキレて高圧的な態度を取り、他人を殴る現実がその証拠だ」
十織は小さく笑った。
「わかったか。軽蔑したか」
「軽蔑はしません。先輩は馬鹿じゃないと思ったので」
「はあ?」
「おれの想像でしかありませんが、先輩はもう限界なんだと思います。現状に絶望し、自分を抑え、自分を嫌って。そんなふうにいたら、おれも正常なんか保てないと思います」
「……なにが言いたい」
「先輩は限りなく普通に近いと。もっとも、『普通』の定義なんてあいまいなもので、おれの基準でそれに近いだなんて言っても、実に不確かなものですが」
「おれが普通だ? 些細なことに腹を立てて周囲に当たり散らすおれが?」
「先輩。少しだけ、いいですか」
「……なんだ」
「少しだけ、自分を許してあげてください」



