車がギリギリすれ違える幅の道を渡り「おはようございます」と挨拶をすると、お店のエプロン姿のおばさんは「千絵ちゃんの方が柊二よりも出るのが少し早いのね」と不思議そうにする。

「ああ、部署の事情があるからですかね。私のいる部署は、夜中に受けた電話を迅速に引き継がないとなので、ちょっと早めに行くんです」

「そうなの。柊二が毎日遅刻しているのかもって焦っちゃったわ」

ホッとした顔で言われ、笑顔を返す。

「いえ。営業部は早い時間のアポがない限りはゆっくりスタートなので。その代わり遅い時間まで忙しそうですけど」

「確かに二十二時とか平気で過ぎるわ」
「お客様の都合に合わせて打ち合わせするから、結構二十時とか二十一時からのアポとかも珍しくないんです」

特に平日は遅い時間を希望するお客様が多いことを伝えると、おばさんは片手を頬にあて「なんだー、彼女とでも会ってるのかと思ってたのに」とやや残念そうに口を尖らせた。

「これは私の勘でしかないんだけどね、あの子、高校から就職してしばらくまでは彼女がいたと思うの。もちろん、途切れ途切れだろうけどね。でも、最近、そういう気配がまったくないのよ。クリスマスだってうちで夕飯食べるし、お正月だって出かけないでテレビの前でゴロゴロしてるだけで」

「……そうなんですか」

『高校から』という言葉に内心ドキッとする。
高校の頃の彼女は私だ、とは言えずに、そこにわずかな心苦しさを感じているとおばさんが言う。

「まぁ、二十代なんて仕事が忙しい時期だろうし、そこに必死になってくれるのは親としても安心なんだけどね。……あ、ねぇ。それより千絵ちゃん、これ荷物になっちゃうけど持って行って」

そう言っておばさんが差し出してくれたのは、大振りの花だった。
赤、白、黄色、オレンジ、ピンクと色とりどりの花に、思わず「きれいですね……!」と感動してからおばさんを見る。

「でもこれ、売り物じゃ……」
「ああ、いいのいいの。うち、花屋は私の趣味みたいなものだし。お金持ってくるのは主人の役目だから」

ケラケラと明るく笑うおばさんに、つられて笑う。