「白石と同じようなものだ」
「同じ……」
「ただ、恋人だったはずの女が俺の部屋で他の男と寝てただけだ。その男が俺の友達だった。一年近く関係があったらしい。それなりに時間をかけて築いてきた信頼が一気に崩れた瞬間だった」

淡々と語られた理由。
表情をなくしてしまった北川さんにかける言葉を探し黙っていると、ゆっくりと視線を上げた北川さんが、私を見て眉を下げ微笑む。

「つまらない理由だと思ったか?」

北川さんの表情にきちんと感情が戻ったことにホッとしながら、どう答えようか考え……素直にうなずくことにする。

「正直に答えると、まぁ……そこそこ、はい。一度の浮気を引きずっている私が言えることでもないですけど、だってそう珍しいことではないですし」

そこで一度切ってから、再度北川さんと目を合わせた。

「でも、珍しくないからといって、傷つかないわけでもないですから。北川さんがナイーブだったってだけですよ。あれです。個体差というか。家を建てるために切り出した木にだってそれぞれ差はあるのと同じです」

笑顔で言うと、北川さんは目を見開いたあとで笑みを浮かべた。

触れたままの手は、温かいままだった。
緊張すると指先は冷たくなるとネットに書いてあったから、少なくとも今、北川さんは緊張状態にはないってことだろうとわかり、ホッとする。

「それに、大人になってからのトラウマなんて、ほとんど、他人から見たらどうでもいいようなことなんだと思います。でも、本人にとっては大事で傷ついたんだから、納得できるまで怖がっていいんですよ、たぶん。……って、あくまでも私の意見ですけど。私は逃げてる自分をそういう理屈で甘やかしてます」

最後「褒められたことじゃないですね」と笑うと、北川さんは目を細め「なるほど」と静かに言った。