「賢明だな」
「私もそう思います。付き合い続けたって、私はずっとそういう疑惑とひとりで戦い続けなければならなかったし、これでよかったって。よかったって……思うのに。まだ、吹っ切れてないみたいで」
大学に通っていた四年間、それと就職してからの一年半は、瀬良さんを忘れられていたわけではないけれど、少なくともツラくはなかったのに……半年前、再会してしまったらダメだった。
顔を見て、心が揺れて……じわじわと蘇った想いに、動揺した。
「たった一度の浮気が許せなかった自分も、『たった一度じゃん』って言う彼も嫌なのに、ずっと引きずったままなんです。別れてるのに、結局、切り離せない……」
目の奥が熱を持ち、じわじわと涙が浮かんでくる。
いつの間にか、テーブルの上に置いた手を、骨が浮き上がるほど握り締めていたことに気づいてハッとした。
「すみません、また私……」
「こういうとき、本当なら抱きしめて慰めるのがセオリーなんだろうけど……悪いな」
「え?」と聞き返すと同時に、北川さんの指が私の手に触れる。
私の指先に自分の指先を控えめに重ねた北川さんは、眉を下げ微笑んだ。
「俺にはこれが限界だ」
握るわけでもなく、ただ重なっているだけの指から温かさが下りてきて熱が混じる。
節くれだった指から伝わる優しさがこれでもかってほど慰めてくれているようで、思わず喉が詰まった。
私は先生側なのに。これじゃあ、私が患者さんだ。
触れられていない方の手でぐいっと涙をぬぐってから北川さんを見る。
「あの、吐かないでくださいね……?」
直接的な接触なんてかなりハードルが高いはずだ。
だから心配になって聞くと、北川さんは触れ合っている手を眺めてから私と目を合わせる。



