「千絵は、いつになったら俺を信じてくれんの? もういい加減、時効にして、俺を許してよ。あんなつまらないことで、千絵と終わりたくないんだよ。たった一回じゃん」
グラグラする。
目の前の景色も、気持ちも、全部が揺れていて、立っている場所さえわからなくなる。
胸の前で両手をきつく握りしめて、そこで初めて自分が小さく震えていることに気づいた。手が、石みたいに冷たくなっていた。
私、どうしてこんなに苦しいんだろう。心臓が、なんだかおかしい。呼吸のせい?
呼吸は、大きくすればいいんだっけ? それとも、浅く……? 速さは? 今は、吸ってる……?
正しい呼吸法がわからなくなり、落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせるのに、頭のなかが真っ白になっていく。
無意識に溢れた涙が頬を伝い、溺れていくような錯覚に陥りそうになったとき。
「呼吸は大きく、ゆっくり、だ。白石」
私の背中に、大きな手が優しく触れた。
「落ち着け。大丈夫だ。前も大丈夫だっただろ? だから問題ない。心配するな」
は……は……と息を切らせる私に、北川さんが優しく微笑みかける。
トン、トン、とまるで子供を寝かしつけるような穏やかなリズムが体に行き渡る。
北川さんの作ってくれたタイミングに合わせるように呼吸を繰り返す。少しそうしていると、次第に心拍と震えが落ち着いていくのに気づいた。
はぁ……とゆっくり息を吐く。
「白石。これを」と差し出されたハンカチを素直に受け取る。
その際、手が触れ、「冷たいな」と独り言のようにこぼした北川さんは、その後で、瀬良さんに視線を向けた。



