……少し前までは。
こんな風に過去を思い出すのは嫌だった。例の彼女と一緒に見た映画が再放送されていればすぐにテレビを消した。大学時代の同窓会を知らせるメッセージは即消去する。

彼女に関連する単語や物、すべてが嫌で仕方なかった。

それなのに……今、思い出しても気持ちが落ち着いているのは紛れもなく白石のおかげだ。
白石だったらこういう反応を返すだろう、という予測機能がいつの間にか頭のなかでできあがっていた。

大学時代のあの出来事があってから、今までずっと、これだけ同じ女性と一緒にいたことはない。
きっと、だからだろう。こんなおかしな機能ができてしまったのは。

迷惑しているわけではない。俺の頭のなかで予測される白石はどこまでも明るく優しく、だからなにを思い出しても問題ないのだと、もう大丈夫なのだと、いつからか安心していた。

今日、白石を庇ったのは、普段散々助けられているからだろうか。無意識にその礼をしたいと思い動いたのだろうか。

それとも……ただ単に、他の男との噂が気に入らなかったからだろうか。

この感情を持ったまま帰宅するのはためらわれ、少し飲んでから帰ることにする。
駅前の細い路地を抜けた先にある、隠れ家のようなバーは、何度も来たことがある店だった。

最初なにげなく見つけたときには、立地も装飾のない店構えも儲ける気がないのかと疑問に思ったが、足を運ぶようになってから数年、潰れる様子はない。

いつ来ても一定数の客がいるところを見ると経営はうまくいっているようだった。こういった、派手さのない隠れ家のような店を好む人間は少なくないのかもしれない。

丸いテーブル席がみっつと、カウンターしかない店内は、今日もそこそこの客入りだった。テーブル席はすべて埋まり、それぞれが落ち着いたトーンで会話をしている。

八人が座れるカウンターには、ひとりの男性客しかいなかった。そのふたつ隣に腰を下ろそうとして……止まる。

なにげなく見た、カウンター席の男が瀬良だったからだ。