肩の動きから、呼吸も落ち着いていることを確認してから隣に腰を下ろす。

資料室の床に棚を背もたれにして座るなんて初めてだった。けれど……なんとなく落ち着くのは、学生の頃の図書室と雰囲気が重なるからだろうか。

柔らかい明かりや、空気中を舞うキラキラした埃、それに本の香り。
今朝、噂になっていると聞いたときからどこか落ち着かずざわざわしていた気持ちが、静かに撫でられている気分だった。

差し込む太陽の光が照らす空気と、その向こうに見えるぎっしりと詰まった資料をただ眺めていたとき、床に置いていた手をふいに握られた。

資料室にはふたりきりだ。私よりも冷たい手の持ち主はひとりしかいない。

「あんなに頑張ったあとにショック療法ですか? ストイックですね」

隣を見て言うと、北川さんは私と目を合わせたあと、さっきまでの私と同じようになにもない空間を見る。

「不思議だな。苦手なのに、こうしている方が落ち着くんだから」

優しく細められた目が、再度私に留まる。
最初では考えられなかった柔らかい微笑みを間近で見せられ、心臓はトクトクと騒ぐ。

この感情を知らないわけじゃない。
内側から急かすように胸を叩く感情の正体は……と、そこまで考えてからガバッと勢いよくうつむいた。

――いや、落ち着け。
これは、あれだ。生まれたてのヒナと同じ原理だ。

ヒナの北川さんは私を親鳥だと勘違いしてしまっただけで、そこに特別な感情はない。
ただの刷り込みだ。

生徒と先生で、ヒナで親鳥。先輩と後輩。

色んな関係の名前はあるけれど、この関係が〝男〟と〝女〟となることだけはありえないのだと、浮かれそうになっている胸に言い聞かせる。

すんなり受け入れたくない気がしたのは……跳ねのけて手を伸ばしたくなったのは、一瞬の気の迷いだろうか。

抑えつけられた胸の奥、潰れた感情がわずかに痛んでいた。