でも、せっかく女性だと認識した上で抱きしめられているのだから、しばらく放っておくべきだろうか。

女性恐怖症の北川さんからしたらすごいことだしな……とひとり考えていると、上から「悪かった」と声が落ちてくる。

「え?」
「俺は何度も、白石に好きな男がいることを確認しただろ。俺自身が安心するためだったが、そのたびに白石を苦しめていたんだな」

だから悪かった、と謝る北川さんに、ふっと笑みがもれた。

この人は、他人の気持ちを想像して寄り添えるひとだ。
もしかしたら……だからこそ、元恋人と友達の裏切りが、通常の何倍ものダメージになってしまったのかもしれない、と考えると、喉の奥がキュッと苦しくなった。

「いえ。私は北川さんの〝先生〟ですから。生徒のためならなんでもないです」

抱きしめられたまま続ける。

「傲慢なときがあったり、意固地な部分があったり。北川さんはちょっとだけ問題児ですけど。それでもやっぱり……少しでもいいから力になりたいんです」

最初は嫌々だった。
面倒くさそうだし、北川さん自体も人間として面倒くさそうで、いくら高級な食事付きでも断りたかったくらいだ。

でも、今は違う。
北川さんが優しいことも苦しんでいることも知ってしまった。

だから……ツラさから解放されて欲しい。
いつでも、おいしいものを食べて、安心して笑っていて欲しい。

「人間って温かかったんだな。今、思い出した」

ややしてから聞こえてきた独り言みたいな呟きに、ふふっと笑みをこぼす。