「ごめんね。飯塚さんのこときーさんに言ってなかった」
黄緑色の生地に黒と白の格子模様をした着物姿の京極夏彦さんが申し訳なさそうにぽりぽりと頬をかく。
彼はこの浅間荘の大家だ。モデルでもやっていけそうな端正な顔。黒い髪を短くし、眉も薄い。細い目と形の良い鼻、薄い唇にやや耳たぶが大きな耳。それぞれのパーツがあるべきところにあるといった感じだ。
きーさんと呼ばれたきつねは人の姿をしている。その隣に立つ大家さんはほんの少しだけ身長が低い。いや、三センチ差か。
いずれにしろイケメン二人を前にして私は緊張せずにはいられなかった。千葉の大学でもこれまでの職場でも、こんなシチュエーションには恵まれていない。
だからどうしていいかわからずにいた。
「それはそうと」
きつねが言う。
「何でミトがいるんだ?」
「うん。あ、えっと」
ミトさんが口ごもる。
助けを求めるような目をされるけど、私はどう説明すべきか迷ってしまう。
私はきつねと目を合わせるのを避けた。
「ふむ」
大家さんが得心したのかポンと自分の手を打った。
「大方、買い物帰りに飯塚さんのマイナスな感情でも拾ったのかな?」
「うわっ」
驚いた。
当たりだ。
てか、買い物帰りだったんだ……。
ミトさんが頭を下げた。
「ごめんなさい」
早口。
「すごく久しぶりに無防備な波長だったからどうしても放っておけなかったんです!」
あ、普通に話してる……。
ミトさんがさらに謝った。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「ごめんで済んだら警察いらねぇぞ」
と、きつね。
何て奴だ。
「いやいや、怒ってないから」
大家さんが優しく声をかける。
「ミトは能力のままに動いただけなんだし、それに僕もミトがちゃんと能力を保っていたんだってわかって嬉しいよ」
「夏彦さん……」
ミトさんが頭を上げる。半泣きだったのにぱあっと明るい顔になった。
いや、もう乙女の表情そのものなんですけど。
ちっ。
舌打ち!
このきつね、舌打ちした!
ひどい!
「きーさん、今のはアウトかな」
「はぁ?」
にこやかな大家さんの言葉にきつねが慌てる。
「そりゃねぇだろ、おい!」
「きーさん、悪いのは口だけにしてね」
大家さんが右手を少し挙げ、ぱちんと指を鳴らす。
バチッ!
乾いた音と青白い光がきつねの頭上から落ちた。一瞬、きつねの身体が発行する。
「ぐぇっ!」
きつねが低くうめいてその場に倒れた。オゾン臭が漂い、私は突然のことに何度もまばたきしてしまう。
え?
え?
え?
何が起きたの?
微かにミトさんが震えている。彼女にはこれが何なのか理解しているのだろう。私がたずねようとすると彼女は細かく首を振って説明を拒否した。
仕方ないので大家さんに直接聞こうと……。
「僕ね、雷も操れるから」
「……」
はい?
ここに引っ越して何個目の「?」になるのやら。
ともあれ、私は本気でフリーマーケットに売りに出したい数の疑問符を頭にのせたままこの不思議を受け容れた。
受け容れざるを得ないと言うべきかも。
「う、うぐぐ……」
きつねがゆっくりと起き上がろうとする。
え?
復活できるの?
「これに懲りて態度を改めてね。そうでなくても、人間と暮らすんだから」
「う……うるせぇな」
こいつ……。
ちゃんと反省しなさいよ!
私はきつねを睨んだが、気づいてないのか完全にスルーされてしまう。
きつねの回復力が尋常ではないのか、大家さんの雷が想像よりずっと威力を抑えてあるのか、その両方または全然別の理由からか、ともあれ十分もしないうちにきつねは元通りになった。
その間に大家さんがミトさんに帰宅を促し、ミトさんは大人しく従った。彼女が部屋を出て行ってから私はなぜメイド服姿なのか、大家さんとはどういう関係なのか聴いてないことに気づいた。
雷撃しーんはよほど私の心を動揺させたようだ。
★★★
「改めて紹介するね」
大家さんがにこやかにきつねを手で示す。
「こちらきつねのきーさん。この部屋についてるから」
「ついてる? ……飯塚小梅です」
私が挨拶するときつねがフンと鼻を鳴らした。
何だか少し寒気がする。
三月の下旬で、この浅間荘に来る途中でそばを通った公園には桜が満開になりかけていたのに。
暖かいはずなのに。
寒い。
というか違う意味の寒気?
これってヤバい予感なのかな?
立ち話も何だからと大家さんの提案で私たちは私の部屋のガラステーブルを囲んで紺色に白いラインのあるカーペットに座っていた。
ベッドがある窓側に私。
反対側に大家さんときつね。二人は押し入れを背にしている。
テーブルの上のポテトチップスの空き袋はゴミ箱に捨ててある。
ベッドもテーブルもこの部屋の備えつきだ。それどころかテレビや洗濯機、電子レンジ、ガスレンジ、クローゼットに本棚、などなど各種家具家電がこの部屋にはそろっていた。
ついてる?
自分でもさっきの声は素っ頓狂だと思う。
けど……。
「も、もしかして家具・家電・きつねつき、ですか?」
「正解!」
私がたずねると大家さんは短く答えた。
拍手のおまけつきだ。
私、バカにされてる?
「ちょっといいか」
きつねが割りこんだ。
「俺は同居人なんて頼んでないぞ」
「うん、僕も頼まれてない」
「だったら何で入居させた」
「何でって……ここアパートだよ」
「答えになってない」
「うーん。困ったな」
困ってるのはこっちなんですけど。
私は心の中でつっこむ。
本当についてない。
ついてなさすぎる……。
黄緑色の生地に黒と白の格子模様をした着物姿の京極夏彦さんが申し訳なさそうにぽりぽりと頬をかく。
彼はこの浅間荘の大家だ。モデルでもやっていけそうな端正な顔。黒い髪を短くし、眉も薄い。細い目と形の良い鼻、薄い唇にやや耳たぶが大きな耳。それぞれのパーツがあるべきところにあるといった感じだ。
きーさんと呼ばれたきつねは人の姿をしている。その隣に立つ大家さんはほんの少しだけ身長が低い。いや、三センチ差か。
いずれにしろイケメン二人を前にして私は緊張せずにはいられなかった。千葉の大学でもこれまでの職場でも、こんなシチュエーションには恵まれていない。
だからどうしていいかわからずにいた。
「それはそうと」
きつねが言う。
「何でミトがいるんだ?」
「うん。あ、えっと」
ミトさんが口ごもる。
助けを求めるような目をされるけど、私はどう説明すべきか迷ってしまう。
私はきつねと目を合わせるのを避けた。
「ふむ」
大家さんが得心したのかポンと自分の手を打った。
「大方、買い物帰りに飯塚さんのマイナスな感情でも拾ったのかな?」
「うわっ」
驚いた。
当たりだ。
てか、買い物帰りだったんだ……。
ミトさんが頭を下げた。
「ごめんなさい」
早口。
「すごく久しぶりに無防備な波長だったからどうしても放っておけなかったんです!」
あ、普通に話してる……。
ミトさんがさらに謝った。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「ごめんで済んだら警察いらねぇぞ」
と、きつね。
何て奴だ。
「いやいや、怒ってないから」
大家さんが優しく声をかける。
「ミトは能力のままに動いただけなんだし、それに僕もミトがちゃんと能力を保っていたんだってわかって嬉しいよ」
「夏彦さん……」
ミトさんが頭を上げる。半泣きだったのにぱあっと明るい顔になった。
いや、もう乙女の表情そのものなんですけど。
ちっ。
舌打ち!
このきつね、舌打ちした!
ひどい!
「きーさん、今のはアウトかな」
「はぁ?」
にこやかな大家さんの言葉にきつねが慌てる。
「そりゃねぇだろ、おい!」
「きーさん、悪いのは口だけにしてね」
大家さんが右手を少し挙げ、ぱちんと指を鳴らす。
バチッ!
乾いた音と青白い光がきつねの頭上から落ちた。一瞬、きつねの身体が発行する。
「ぐぇっ!」
きつねが低くうめいてその場に倒れた。オゾン臭が漂い、私は突然のことに何度もまばたきしてしまう。
え?
え?
え?
何が起きたの?
微かにミトさんが震えている。彼女にはこれが何なのか理解しているのだろう。私がたずねようとすると彼女は細かく首を振って説明を拒否した。
仕方ないので大家さんに直接聞こうと……。
「僕ね、雷も操れるから」
「……」
はい?
ここに引っ越して何個目の「?」になるのやら。
ともあれ、私は本気でフリーマーケットに売りに出したい数の疑問符を頭にのせたままこの不思議を受け容れた。
受け容れざるを得ないと言うべきかも。
「う、うぐぐ……」
きつねがゆっくりと起き上がろうとする。
え?
復活できるの?
「これに懲りて態度を改めてね。そうでなくても、人間と暮らすんだから」
「う……うるせぇな」
こいつ……。
ちゃんと反省しなさいよ!
私はきつねを睨んだが、気づいてないのか完全にスルーされてしまう。
きつねの回復力が尋常ではないのか、大家さんの雷が想像よりずっと威力を抑えてあるのか、その両方または全然別の理由からか、ともあれ十分もしないうちにきつねは元通りになった。
その間に大家さんがミトさんに帰宅を促し、ミトさんは大人しく従った。彼女が部屋を出て行ってから私はなぜメイド服姿なのか、大家さんとはどういう関係なのか聴いてないことに気づいた。
雷撃しーんはよほど私の心を動揺させたようだ。
★★★
「改めて紹介するね」
大家さんがにこやかにきつねを手で示す。
「こちらきつねのきーさん。この部屋についてるから」
「ついてる? ……飯塚小梅です」
私が挨拶するときつねがフンと鼻を鳴らした。
何だか少し寒気がする。
三月の下旬で、この浅間荘に来る途中でそばを通った公園には桜が満開になりかけていたのに。
暖かいはずなのに。
寒い。
というか違う意味の寒気?
これってヤバい予感なのかな?
立ち話も何だからと大家さんの提案で私たちは私の部屋のガラステーブルを囲んで紺色に白いラインのあるカーペットに座っていた。
ベッドがある窓側に私。
反対側に大家さんときつね。二人は押し入れを背にしている。
テーブルの上のポテトチップスの空き袋はゴミ箱に捨ててある。
ベッドもテーブルもこの部屋の備えつきだ。それどころかテレビや洗濯機、電子レンジ、ガスレンジ、クローゼットに本棚、などなど各種家具家電がこの部屋にはそろっていた。
ついてる?
自分でもさっきの声は素っ頓狂だと思う。
けど……。
「も、もしかして家具・家電・きつねつき、ですか?」
「正解!」
私がたずねると大家さんは短く答えた。
拍手のおまけつきだ。
私、バカにされてる?
「ちょっといいか」
きつねが割りこんだ。
「俺は同居人なんて頼んでないぞ」
「うん、僕も頼まれてない」
「だったら何で入居させた」
「何でって……ここアパートだよ」
「答えになってない」
「うーん。困ったな」
困ってるのはこっちなんですけど。
私は心の中でつっこむ。
本当についてない。
ついてなさすぎる……。