「この人は幼馴染なの。河東谷製菓の御曹司さん」
「ひえっ、そんな偉い人……!」
「大丈夫、啓太も格好いいよ!」
何を比べて格好いいなのか。相変わらず香乃はとんちんかんだ。
「彼氏が来たならよかったな。じゃあ……と言いたいところだが、ちょっと香乃に頼みがある。今回のことで、父親から何かしら言われるかもしれないんだ。その時に、何回かでいいから、恋人のふりをしてもらえないだろうか。……その、君の恋人にも了承してもらえればありがたいんだが」
「えー……」
香乃はちょっと困ったような顔をしつつ、動揺している彼氏をまんざらでもなく見ている。
「……駄目だよな、やっぱり。彼氏さんにも失礼だよな。……すみません」
ぺこりと謝ると、彼は俺のことをまじまじと見つめた。そしてなぜか言ったのだ。
「良かったら、一緒にスイーツ食べませんか」と。
それから小一時間、コーヒーと甘ったるいスイーツを食べながら交わされた会話は、普通ならば絶対に交わされないであろう偽装恋人計画だった。
「実は、転勤が決まったんだ」
「ええー! 困るぅ。私、昇級して新しいプロジェクトに参加したばっかりだよ? ついていけないよ?」
「知ってる。だから言い出しにくかったんだ」
目の前で恋人同士にこんな赤裸々な会話をされながらなぜ俺はここにいるんだろう。さっき余計なことを言ったからか。口は災いのもととはこういうことを言うのか。
「そこでだ」
啓太さんはものすごい真顔になり、俺の手をギュギュっと渾身の力で握りだした。



