全てを終えたあと、私は1人ダイニングで、1枚の紙を見つめていた。緑色のその用紙を直前に夫から渡された。既に他の必要事項は全て記入されており、あとは私の署名捺印を残すだけの状態だった。


「間違いはないと思うけど、念の為確認してもらって、OKならサインをよろしく。本当は最後のケジメだから、一緒に出したかったんだけど、さっきも言ったように明日は早いんで、すまないけど、君が出してくれ。」


そう言って、足早に出て行く夫の姿を黙って見送った。


私達は高校の部活の先輩後輩から、スタートしているから、今まで夫から「君」なんて呼ばれたことはなかった。もう夫の中では、ちゃんと整理がついてるんだな。離婚を切り出したのは自分なのに、少し寂しく思ったのは、我ながら不思議だった。


1つ息をつくと、私はペンを握った。離婚にあたって、夫はほとんど私の要望を容れてくれた。貯金もほぼ私に渡してくれた。専業主婦で、収入がなかった私が離婚に際して、共有財産を多めにもらうのは、当然らしかったが、それにしても、気前がいいと思ってしまった。


だけどたった1つだけ、許してくれなかったのは、私が離婚後も現姓を使いたいと言った時だった。


「それは、ダメだな。」


夫は短くそう言っただけだったけど、私は自分の覚悟を問われた気がして、恥ずかしくなった。


恐らく最後の機会となる現姓名の記入をし、婚姻前の姓に戻り、新しい戸籍を作る旨を選択して、最後に押印した時、涙が溢れ出して来た。


「泣くくらいなら、そんなもん、破っちまえよ!」


突然飛んできた声に、ハッとして振り向くと、そこには厳しい表情をした次男が。


「なんでだよ。本当は2人とも別れたくなんかないくせに、なんでそうやって2人して、意地張ってるんだよ?ガキかよ!」


「清司・・・。」


そう叫んでいる次男の目にも涙が溢れている。