「ただいま。」


いつものように、玄関を開け、家に入った俺は、中の様子がおかしいことに気付いた。


いつもなら、出迎えてくれるか、キッチンからお帰りと明るく言ってくれる妻の姿がない。誰もいないのかと思ったが、部屋の灯りは点いている。俺は首を捻りながら、リビングに向かった。


ガチャリ、扉を開けた俺は


「なんだ、2人ともいるんじゃ・・・。」


と言いかけて、続きの言葉を思わず呑み込んだ。確かにそこには妻と次男の姿があった。でもその雰囲気は異様としか言いようがなかった。


次男はスーツ姿のまま、表情なく座っていて、その前では妻が、顔を覆って泣きじゃくっている。そして、彼らの前の食卓には、何1つ並んではいない。


「一体、どうしたんだ・・・?」


辛うじてそう口にした俺の言葉に、ようやく次男がこちらを向いた。


「ああ、お帰り。」


そう言うと、力なく立ち上がる次男。


「父さんが帰って来たんなら、俺、出掛けるから。」


そう言って扉に向かう次男に驚いて


「出掛けるって、この時間にどこへ?」


「わかんねぇ。飯は要らないし、多分今日は帰らないから。」


「ちょっと待て。一体何があったんだ?」


「母さんに聞いてよ。」


「清司!」


冷たくそう言うと、次男はもう振り返りもしないで出て行く。


「朱美、どういうことなんだ?何があったんだ?」


仕方なく、俺は泣いたまま、顔も上げない妻の肩に手を置き、少し強い口調で尋ねる。


すると、俺の手の感触にびくんと肩を揺らした妻は、そのままイスから転げ落ちるかのように、俺に向かって正座をすると


「隆司さん、ごめんなさい、ごめんなさい。」


と言うと、床に頭を擦り付けんばかりに土下座を始めた。人が土下座をする姿を初めて見て、俺は一瞬、呆然としたが


「朱美、何してんだ。止めろよ。」


と慌てて妻を抱き起こそうとしたけど


「私はあなたを、あなたと2人の息子を裏切りました。本当にごめんなさい・・・。」


という予想もしない妻の言葉に、固まってしまった。