玄関を出て、私に助手席に乗るように促すと、そのまま車をスタ-トさせる隆司さん。


「ねぇ、どこに行くの?」


そう尋ねても、何も答えてくれない。不安な気持ちのまま、私は車上の人になった。


だけど・・・車を走らせること1時間余り。私の中で徐々に遠くて、でも忘れ得ない思い出が蘇ってくる。そして、その思い出に、私が心躍らせていると、車はやがて静かに止まった。


「ここは・・・。」


「覚えてる?」


と優しく微笑みながら、問い掛ける隆司さんに


「忘れるわけ、ないでしょ。」


と答えた私もやはり微笑んでいる。けどその瞳は、少し潤んでたかもしれない


「行こう。」


と言う隆司さんの声に、1つ頷いた私は車から降り立つ。そして迎えに来てくれた彼の左手に、右手を預けて歩き出す。秋の陽が落ちるのは、半月前に比べても、だいぶ早くなった。


でも、まだ明るさが残り、目に飛び込んで来る光景は、あの頃と変わらない。先に続くこの小径を10分ほど歩くと、きっとあの場所にたどり着く。あの時と同じように・・・。


そして・・・突然目の前が開ける。私達は吸い込まれるように、その先に進むと、そこには確かに26年前のあの時に、2人で一緒に見た光景があった。


そう、あの日。長かった隆司さんの就職活動が終わり、久しぶりのデートに、私の心は弾んでいた。


一緒に行きたい所があると誘われて、その美しい風景に見惚れていると、なんの前触れもなく、隆司さんがいきなり小さな包みを私に差し出した。


呆然と自分を見つめる私に、隆司さんは言った。


「朱美のことを、心から愛しています。大切にして、必ず幸せにします。だから・・・俺と結婚して下さい。」


今でも、一言一句はっきり覚えているこの言葉を私にくれた。予想もしていなかった、でもとても嬉しくて、幸せなプロポーズだった。そんな大切な場所に、隆司さんは今また、連れてきてくれた・・・。


夕陽がまさに沈もうとしている地平線を、私達は言葉もなく見つめる。まさにあの時と同じ。これは偶然なの?それとも計算してたの?隆司さん・・・。私の胸に、熱いものがこみ上げてくる。