「なんだ? それは」

「私が最初に屋敷に入ったとき、すでにクローゼットに日常で着れるドレスが入っていたのです。お城にいたときにつくっていただいたものはみんな、家事ができないほどごてごてしたので、お義母様が用意してくださったドレスに助けられました」

「そうだったのか」

アーレスは、呆けたように母を見つめる。すると彼女は得意になって、話し始めた。

「女のことは女にしか分かりません。どうせあなたに任せておいたら、体裁だけ整えて細かなところに気が回らないのだもの。大体ね……」

長くなりそうだなと思ったのは、いずみだけではないようだ。
先んじてアーレスが「ありがとうございます。母上。でもそれ以上の小言は結構」とセリーナの話を遮る。悦に入ったところで止められた彼女は、アーレスに毛虫でも見るようなまなざしを向けた。

「これだから男の子は嫌よ。イズミさん、困ったことがあったら言うのよ。この年まで独身だったのは伊達じゃありませんからね。この子は気が利かなくて」

「三十六の男を前にこの子と呼ぶのはやめていただきたい」

「ほら。怖い。ああ嫌だ嫌だ」

ジナがいずみの後ろで小さく肩を揺らしている。笑いをこらえて居るのだろう。
母子の会話を聞いていると、アーレスがなぜ結婚式をしたがらなかったのかも分かるような気がする。
アーレスは末っ子ということだし、家ではからかわれる対象だったのだろう。