彼はゆっくりと、嫌なものを口にするかのようにおそるおそる一口目を踏み出した。
サク、サク。
彼の咀嚼する音が、食堂に響く。いずみは息をひそめたまま彼の口元を見つめ続けた。

次の瞬間、ぽい、ともう一枚クッキーを口の中に放り込んだ。何回か噛み、ごくりと飲み込む。
そして、ぽかんというのが一番近い顔をした。

「……変わった味だな」

「お口に合いません?」

いずみは思わず祈るように手を組んでいた。するとアーレスはきょとんとした後、ふわりと相好を崩した。
思いがけない笑顔にいずみの心臓は激しく動く。

(やばいわ。笑うアーレス様、マジイケメン!)

「いや、うまい。……甘いのにしつこく無くて。もう一ついいか?」

更にもうひとつを口に運び、飲み込む前に次のもう一枚に手を伸ばす。

「本当ですか? お世辞じゃなくて?」

「ああ。そこまで甘くないし、酒のつまみにもなりそうだ。……君はもう夕食は食べたのか?」

「はい、いただきました」

「そうか」

残念そうに顔を伏せたので、もしやと期待を込めて聞いてみる。

「あのっ。もしお酒を飲まれるなら、お付き合いしてもいいですか?」

もしかしたら、この世界で女のほうからお酒に誘うのははしたないのかもしれない。
そうは思ったが、知るものか。常識が違うのはお互い分かっていることだ。

「……夕飯と一緒にチーズかなにかを用意してもらっていいかな。とっておきのワインを出そう」

「はい!」

提案を受け入れてもらって、いずみはホッとした。

(お湯、冷めちゃうな。でも、今はアーレス様とゆっくり話したい)

いずみは浮かれた足取りで厨房に向かい、ジョナスと一緒にチーズとちょっとしたおつまみを作り始める。
その様子を、リドルが生温かいまなざしで見ていたことには気付かなかった。