「私、……役に立っているかしら」
「もちろん。男にとって、妻ってのはいるだけで役に立つもんさ。心配してくれる女性がいるってだけで気構えが変わりますからな。料理は俺らが毎食栄養のあるものを出せるが、旦那様の様子を事細かに観察しているわけじゃありません。実際、俺は旦那様が疲れているとは露ほども思わなかったしなぁ」
がっはっはと豪快に笑われて、いずみは胸が熱くなってきた。
(そんな役に立ち方もあるんだ。自分にできる些細なことでもいいんだ)
多くの人を対象にと思えば、大きな力が必要かもしれない。だけど、例えばたったひとり、アーレスだけを思ってならば、自分の力でもちゃんと役に立てる。
(思えば、今まで、特定の誰かのためになにかをしたことなんてあったかな)
料理研究家になるために、テレビの向こうの不特定多数を意識してきた。
だけど、それは結局明確に誰かを想定せずに、漠然とウケのいいものを狙っていたに過ぎない。
(これまで私は、誰にも響かないものを作っていたんじゃないかしら)
眼から鱗が落ちたような感覚で、もう一度クッキーを口にする。
サクッとして香ばしいクッキー。アーレスに食べてほしいと、強烈に思った。
「喜んでもらえるかしら。だとしたら嬉しい」
「大丈夫ですとも。おかえりになったら、すぐにお出ししましょう」
眼のふちにうっすら浮かんだ涙に気づかれないようにと、いずみは少しそっぽを向いた。
ジンジャークッキーがひとつ、この世界で生きていく心得を教えてくれた。



