「そんなわけないだろう。いずみは大事な人だ。他にはいない」

「そう思うなら、いつまでも聖女のようにあがめていないで、ちゃんとなさったらいかがです。男女の仲は心のつながりも大切ですが、体だって大事でしょう」

存外初心な主人に呆れながら、リドルはガウンを取り出し、彼の肩にかける。

「そのまま、奥様の部屋に行かれてはいかがです。お飲み物をお持ちしましょうか」

「いや、いい。……呼ぶまで来るな」

アーレスは浴室を出ると、いずみの部屋に向かってまっすぐ歩き出した。

帰る場所のないいずみの、帰る場所になってやりたかった。
そのために、彼女の気持ちを無視するようなことはしたくなかった。
彼女に用意された夫候補者三人の中に、彼女の理想とするような相手はきっといなかっただろう。
自分が選ばれたのは、その中でマシだっただけだ。
だから性生活を強要してはいけないと、そう思っていた。

だが、そんなものはただの言い訳だったのかもしれない。
初めてあった日、もう行くところが無いんです、と泣きつかれたあのときから、たぶんアーレスの心はいずみに捕まっていた。
だから保護者のようなものだと自分に言い訳をして、彼女を大事に囲おうとした。

本当は違うのに。
年の離れた自分が、彼女にどう思われるのか。戦うしか能がないことに幻滅されたりはしないか。
アーレスはずっと、それが怖かったのだ。

“愛は全身で伝えるものよ”

姉の言葉が頭にこだまする。
そうだ、まずはきちんとそれを自覚しなければならない。
このままずっと我慢することなどできない。無理やり体を疲れさせなければ寝れないほど、いつも隣の部屋が気になっていたくせに。

欲しいのならば、望むのだ。
無理強いじゃなく、愛を乞おう。

自分はいずみが欲しいのだと、まずは伝えなけれならない。